ピアノ調律師 インタビュー vol.2

  2009年5月 vol.2
石山ピアノ調律サービス(京都)

石山雅雄 氏
お客様の家にはいって、作業をする。そこには、人と人との接点があるわけです。ピアノの音さえきれいになればいいというものではない。同じ時間を共有している「縁」というものを大切にしないといけない。


インタビュアー : ピアノ調律.net 新井




ピアノが弾ける男の子はモテる!



【新井】まずは、石山さんがピアノ調律師になろうと思ったきっかけから聞かせてください。


大好きな音楽にかかわる仕事に絶対につきたいと思っていました。大学に入学後、アルバイトして念願のピアノを自分で買ったのですが、その時にきた調律師さんが、さらりとジャズピアノを弾いたのです。あまりにもかっこよくてしびれてしまいました。

漠然と音楽の仕事につきたいとは思っていましたが、このときに思ったのです。

「そうだ、ピアノ調律師になろう!」と。

大学卒業後、そのままピアノメーカーの調律師養成学校に入学し、夢実現のスタートをきりました。


音楽が大好きだったということですが、子供の頃や学生時代、どんな音楽を聴いていたのでしょうか?


4歳のころ、ベートーベンの「運命」のレコードを買ってもらったのがきっかけで、クラシック音楽にハマってしまいました。当時流行していたウルトラマンよりも好きでした。小学校1年の時、となりの女の子の家にはヤマハピアノがありました。それを、ときどき触らせたもらいましたが、「いいなぁ、ピアノっていいなぁ」、とずっと思っていました。

  ベートーベンの運命を聞いていた子供時代の写真

中学3年生になって、クラスのガールフレンドに、音楽室のピアノで教えてもらいました。ちょっとだけオルガンを習ったことがあったので、バッハのメヌエットからです。すぐに弾けちゃいましたので、次はいきなりエリーゼのために、ですが、中番の早いフレーズははじめはお手上げでした。でも、なんどもやっていると、なんとかできるようになるものですね。そして、大好きなモーツアルトのトルコ行進曲へと。

そうやって練習したりそれを聴いてもらったりする中で、気づいたことがあります。

「ピアノの弾ける男の子はモテる!」

私はバレー部のアタッカーでしたが、試合の時の黄色い声とはちがった、別の視線を感じるのです。思春期の男の子です。それからは、モテるために練習に励んだわけです。(笑)

おかげで、クラシックだけではなく、女性の大好きなムードミュージックなど、なんでもひととおり弾けるようになってしまいました。

  22歳。カワイ楽器調律技術者養成所にいたころ。





本当の意味でのコミュニケーション力は、調律カバンに匹敵するほど重要な道具


● 以前より、石山さんはとても個性の強いピアノ調律師だという印象をもっていましたが、ご自身の特徴についてはどうおもいますか?


メーカーの社員調律師のときからそうだったのですが、人と違うことをするのが好きでした。
マニュアル化されたものではなく、自分で考えて、いいと思ったことはどんどん実践していました。

たとえば、「最近弾かなくなったし、調律はもうちょっと先でいいよ」なんて言われると、いつもこう話していました。

「今まで湿度調整剤をずっと入れてられてたのに、突然それがなくなるとサビとかカビが心配ですよね。調律はちょっと先でもいいですから、湿度調整剤だけでも毎年、配達しましょうか?」といったかんじで。

こうすると、毎年お客様とのコミュニケーションが途切れることがなく、数年後には「じゃあ、そろそろ調律もやってもらおうか」といっていただけます。

私は、調律がうまいだけの職人調律師ではなく、お客様とのコミュニケーションを特に大切に思う、人として長くお付き合いできる調律師でありたいと常々思っています。

なんでも相談できる調律師。それが、本当の信頼だと思うのです。ですから、ピアノ以外の悩み事相談なんかもよく受けますよ。社員にも常々「ギブ&ギフ!ありがとうといわれる調律師になれ」と話しています。



おっしゃるとおりコミュニケーション力はとても大切で、それを多くのユーザーものぞんでいます。コミュニケーションを大切にし、また、それを仕事に活かしたいと強くおもうようになったのはなぜですか?


ピアノ調律のお客様と、積極的に話すようになったきっかけがあります。

あるお客様宅で、こんなことを奥様がおっしゃたのです。

「前回来られた調律師さんは、ピアノの先生の紹介でとても優秀な方のようでした。でも、玄関で挨拶を交わすときからずっと厳しい表情で、言葉はほとんどなく、空気が固まるほどの緊張感の中で黙々と作業をされていました。

そんな時、帰ってきた子供がちょっと騒いだのです。するとその調律師の先生は、

『静かに!』

と大声で言われました。

すべての作業が終わってから、『他の雑音があるときちんと音があわないので・・・』と一言いわれ、だまって領収書を切って帰られました。音はきれいに合っていましたが、私はもうその調律師はいりません。」


私は、調律師は職人だから、と思っていたところがありました。しかし、この奥様の話で、ちがう、と思うようになったのです。

お客様の家にはいって、作業をする。そこには、人と人との接点があるわけです。ピアノの音さえきれいになればいいというものではない。同じ時間を共有している「縁」というものを大切にしないといけない。そう思うようになったのです。


なるほど。ただ、石山さんとは反対に、調律師の多くはコミュニケーションがあまり得意ではない、という印象をわたしはもっています。それは石山さんご自身、なぜだとおもいますか?


職人だから、これでいい、と思っているのだと思います。調律師は職人・技術者というポジションのほうが居心地が良く、そこにあぐらをかいている。

はっきりいっちゃえば、 技術者やこだわりの職人と見られるほうが、世間的に聞こえがよく、イメージ的にカッコイイわけです。これは、直接関係のない、いわば顔の見えない世間の価値判断に、無意識のうちにあわせてしまっているだけなんですよ。

それとは対極に位置する、コミュニケーション上手な営業調律師なんて、どうですか。なんだか頭を下げてペコペコしてるイメージがありませんか?だから、あまりかっこよく感じられない。

ここは、若い調律師にも強く言いたいのですが、ほんとうはそれは違う。わたしのいうコミュニケーション力は、そんな薄っぺらで表層的なものではありません。

ほんとうの意味でのコミュニケーション力というのは、調律師の命である調律カバンに匹敵するくらい、超重要な道具なんです。

ただし、この道具は調律カバンと違って目に見えません。なにげなく日々仕事をして過ごしていると、その道具を持っているのかどうか自分では気づきにくい。だから、コミュニケーションをきちんととるには、そうしなければいけないと強く「思う」こと、そしてそのための「努力」を進んでしなくては、その道具を手に入れることはできない、と私は思っています。
 
幼稚園で講演。園児にピアノのお話を
 
こどもたちに囲まれてしまいました。


さきほどお話にでた、ユーザーから調律以外にもさまざまな相談を受けるということですが、いったいどんな相談をよく受けるのでしょうか?


調律師は、現代の世相をよく感じる職業です。嫁姑の悩み。ご主人がいるときには、会社での苦労話、そして多いのが、子供がピアノの練習をしない、という話。

独身だったときには、うちの娘に会ってみないか、なんてこともありました。また、私も大好きなんですが、スピリチュアルな深い話にはいっていくことも最近では多々あります。

私は、とにかく話を聞きます。なんども聞いて、そのまま反復して聞き返し、また話を聞きます。すると、結局はご自分で答えを持ってられるのですね。でも、話の最後にはそんな悩みが吹き飛んでしまうような、笑いでしめるんです。

たとえば・・・。

「ところで奥さん、先日銀行から出たときにキレイな白鷺が田んぼにいたんですよ。ほらサギって鳥、知ってます? どんな鳴き方をするのかなぁってじっと見てたら、突然鳴き出したんです。サギの鳴き声聞いたことあります?あの鳥ってね。フリコメ!フリコメ!って鳴くんですよ」


「奥さん、電子レンジで漬物つける方法って知ってます?」
「いいえ、でも教えてほしいわ」
「私のいる京都って漬物の本場でしょ。あのね、白菜をならべて、塩は赤穂の粗塩がいいかな。そして落としふたをおいて、次が重要ですからね。そこにある電子レンジをグっと持ち上げて、上にドン!と乗せればいいんですよ。ほら、電子レンジで漬物できるでしょ?」
「なんだ、チンしないの?」
「はい、重石にするんです。感電するといけないからコンセントは抜いておいてくださいね。」


「スーパーマンって、なんでピチピチの服を着ているか知ってました?あの人ね、あんなに大きいのに、Sサイズの服来てたんですよ。だって、胸にでかでかと“S”って書いてあるでしょ?」


といったようなかんじですが、わたしの持ちネタがバレちゃいましたか。(笑)







「動画」をつかった「しゃべってピアノを弾くイシヤマ調律師」


● 石山さんの特徴についてお聞きし、それが高いコミュニケーション能力であることはよくわかりました。コミュニケーションといえば、インターネットはそのための最適なツールです。石山さんは、インターネットを幅広く使いこなす数少ない調律師さんのお1人ですが、なぜそれにいち早く注目したのかもうなずける話です。


2000年以降、インターネットが急速に普及し、新聞の折り込みやタウンページ広告などのリアル媒体ではつたわらなかった「調律師イシヤマ」という人物を、詳しくご紹介できるようになりました。そうやって、ピアノ販売、ピアノ調律申し込みの窓口として、ホームページを活用していきました。

でも何か足りない・・・。言葉ではきれいな言葉をいっぱいならべて自分を宣伝できますが、自分が消費者の立場になったとき、「この広告内容、ホントかな?」と。他人の目で自分のホームページの掲載内容を見たとき、どうしても疑ってしまう自分に気がついたのです。

そこで、2005年4月、徐々に普及しはじめた「動画」をつかって、「しゃべってピアノを弾くイシヤマ調律師」を紹介しはじめました。
  動画撮影のシーン。
(初期の頃は、このように本格的に)

ビデオでは、ウソはつけません。

「あーこんな人が来てくれるんだ。こんな人からピアノを買うんだ」

と感じていただけます。
これを出し始めてから、お客様から安心して調律のご依頼をいただくようになりました。

私はいつも消費者の視点で考えるようにしています。ピアノの調律って実際にどうやってるんだろう? こんなこと聞いても怒られないかな? 今度購入を考えているピアノってどんな音がするんだろう?

これらをすべて解決できるのが動画でした。もちろん実際に会って、お話するのがベストです。
でも、最初のきっかけとしてテレビのように画面で話している私を見てもらうことで、お声かけのきっかけになることが多いようですね。

最近では、バーチャル・ピアノショッピングと称して、妻と8歳の子供を動画に出演させています。実際に私のお店にピアノを見にきたという設定で5分ほどの動画を作り、「このお店にピアノを買いにきたらこんな感じになるんだ~」、と疑似体験をしてもらうこともやってみました。

ピアノのお店に行く時って、ちょっと勇気がいりますよね。ちょっと見たいだけなんだけど無理に勧められたらどうしよう・・・とか、不安に思うのは当然だと思います。

また、在庫リストとしてホームページに掲載していたあるピアノについて、もっと詳しく教えてほしいんですけど、と沖縄の方からメールがきました。すぐにそのピアノを隅々までビデオ撮影して説明し、私が1曲演奏した動画をユーチューブにアップして、それを見ていただき、ご購入が決まったこともあります。沖縄の人が、京都のお店でピアノを買うんですよ。

動画はまるで、お店にきて説明を聞いたように感じられるはずです。当然弾いた感じのタッチなどはわかりませんが、納品してからの提携調律師によるアフターサービスによって、タッチのご希望にこたえられるような体制も、きちんととるようにしました。

ですので、全国に調律師の友人がたくさんでき、このピアノ業界で、お互いに助け合っていける形もつくることができたのです。狭い業界で他の調律師を批判したり、お客様の取り合いしたりするのはみっともないです。みんなそれぞれが誇りをもって、いい仕事をしていますからね。

20年以上調律師をやってきて気づいたことがあります。それは、得ることを優先するのではなく、与えることが先だということです。ギブアンドギブといつも社員にいっていますが、目先の利益を追い求めるのではなく、まず与えること、つまり喜んでもらうこと。その結果、たらいの水にうかべた落ち葉のように、落ち葉をむこうに押しやることで、ちゃんと返ってくるのです。反対に、まず自分がといって落ち葉をかき寄せると、見事にスルリと向こうへいってしまいますからね。

でも、返ってくることを目的として向こうへ押しやっても返ってこないこともわかりました。大袈裟かもしれませんが、マザーテレサが言った「無償の愛」というものでしょうか。

そういった気持ちから、福祉施設へのピアノの寄付や、いろいろなお客様の悩み相談にものっています。カウセリング料をもらうわけではありません。調律師である私が、お客様の家にはいってお話を聞く。そして、なにかを感じていただく。その結果、ピアノの調律だけでなく心のケア、心のバランスを整える“心の調律”といったものまでできたら、きっと喜んでもらえますよね。

私自身、過去にどん底に叩き落されたような経験をしています。そんな経験を含めてお話することで、なんだ私の悩みなんて大したことなかった、とおっしゃっていただくことだってあります。
 
福祉団体へ毎月ピアノを寄付。この写真は、京都の老人ホームに寄贈したところ、1時間もピアノを弾いていた入所者の方。
 
2007年12月に、タイ山間部の孤児院へボランティアに行った時の写真。前年にリコーダーをプレゼントしたところ、1年で吹けるようになっていた!
 
2009年2月、カンボジア孤児院に救援ボランティアへ。子供たちの前で楽器「ケーナ」を演奏している場面。

石山氏のケーナ紹介ビデオ ⇒ コチラから

なんだか深刻な話になってしまいましたから元に戻しますが、すべての人が深刻な相談をされるわけではなくて、普通に調律して、ギャグの一つでもいって笑ってありがとうございました、と終わることがほとんどなんですよ。

「調律のご依頼はお気軽に」と思います(笑)。

これからインターネット社会がさらに進み、どんなインターネット・ツールを活用しようとも、消費者の視点は絶対に忘れません。そして、ヒューマンタッチの大切さを忘れず、「ありがとうといわれる調律師」であり続けたいと思っています。


石山さんは、同業者に提携という形で仕事の機会を創出している。ひじょうに意義あることですね。それにしても、石山さんが、「ジャパネットたかた」ならぬ、「ジャパネット石山」と呼ばれるのも、なるほどよくわかります。(笑)






新しく始めたピアノレンタルのしくみが大好評


● お話をうかがっていると、石山さんは、他のピアノ調律師よりも一歩も二歩も先を見て行動されているようにおもえます。現在は、お仕事上でなにか新しいことにチャレンジされているのでしょうか?


仕事での新しい試みとして、じつは私も、この「ピアノ調律.net」さんのようなサイトのアイディアは、以前よりあたためてはいました。

調律のお客様を増やすアンテナの一つとして、この「ピアノ調律.net」さんは、大変効果が高いです。SEOもしっかりされていますし、運営がとても健全です。

ネットの世界は、オンリーワンだけで、2番はありません。楽天しかり、アマゾンしかりです。

調律師を紹介するサイトも、他に似たようなものはありますが、ダントツナンバーワンは、こちらですね。

ですので、「ピアノ調律.net」さんがスタートされたとき、ちょっとくやしい思いは正直ありました。でも、元来B型ですから、切り替えが早いです。

それじゃ、社員全員でここに参加させていただいて、この中でナンバーワンを目指そう、と思いました。社員の1人がベスト3に常に入るようになり、嘱託社員を含めて常に3~4人がベスト10に入っていて本当に喜んでいます。

さて、この先のアイディアですが、さらにお客様とのご縁をつなぐには、ピアノの販売は欠かせません。きれいにディスプレイしたようなピアノショップを持たず、4か所の倉庫で中古ピアノを見ていただいて販売する手法で、コストを抑えたぶん格安で販売できることから、今飛ぶようにピアノが売れています。

さらに、ネット動画のすごさを感じています。動画で中古ピアノを紹介し、その場でピアノの説明を聞いているような気持ちになることで、遠方からご注文をいただきます。そして、最近の景気の動きから、売れ筋のピアノが急にかわってきましたので、それにすぐ対応できるようにしました。これからは、調律師も日経新聞を読まないと時代に取り残されてしまいますね(笑)。

また、デジタルピアノを購入される方を阻止(笑)するために、ピアノのレンタルも始めました。デジタルピアノを買われる方は、音の問題もありますが、ほとんどが「子供がピアノを続けるかどうかわからないからまずは手軽なデジタルで・・・」という方が多いものです。

ですので、「続くかどうかを見極める期間はレンタルで本物のピアノを借りて使ってください。1年つかってみてそれがほしくなったら、今までのレンタル代はピアノの頭金にそのまま使ってください」ということを始めました。これが実は大好評で、結局、お客様の決断を後ろからちょっと押してあげるきっかけになったのです。

さらに、ピアノが飛ぶように売れていく新しい企画を準備していますが、これは新井さんがマネしないように(笑)、ここではまだナイショです。


なるほど!レンタルピアノ代金が購入時に頭金になるアイデアは、すばらしい。ピアノ購入者が最初に引き受ける金銭的負担を、石山さんが代わりに引き受けてくれるわけですね。これは、とてもありがたいしくみですよ。

それにしても、石山さんが次に準備されている企画とは、なんでしょう・・・。うぅ、気になる・・・。じつは、私も次に考えている企画がありまして。もし同じようなものなら、そのときはガチンコ勝負!(笑)







前任者の仕事を悪くいう調律師は、美しくない


● ここからは、日常のお仕事について、さらに具体的にお聞きしていきます。まず、ピアノ調律業界、同業者に対して、ふだんからどのように感じられていますか?


私、いつも思うんです。狭い業界なんだから、助けあわないと。

私は、新しいお客様宅へ調律に行くことがあったら、前回の調律師さんもしっかりと調整されていますね、いい調律されていますね、と話すことが多いです。というのも、前任者の仕事を悪くいう調律師が、けっこう多いのです。でも、人の悪口をいう人は美しくない。

自分の調律が最高だ。技術者である限り、そう思いたいのはわかります。でも、どの調律師もみんな、それぞれがいいところをもって頑張ってます。それを認めながら自分の技術をさらに磨いていけばいいことで、評論家のように、人を批判することで自分の評価があがるとおもったら大間違いです。

私は全国にピアノを販売しています。通信販売のような形ですが、販売後の初回調律をサービスで行っています。もし遠方のお客様の場合、その場所に近い調律師さんを、助っ人として派遣します。

その助っ人さんを選ぶ際、調律師協会の名簿を参考にします。そこには全国の調律師さんの名簿と顔写真がありますから、その中から納品先に比較的近くて、人相のいい調律師(笑)を選んで、納品調律(初回調律)に行ってもらうようにしています。

その納品調律の際、当然ですが、その助っ人調律師にお仕事の報酬をさしあげます。ふつう、楽器店などが調律師に支払う納品調律の報酬はびっくりするくらい安いようですが、私は普通にお支払します。もし値切られたら、逆の立場だったら自分が悲しいですからね。次からはその調律師がそのお客様のピアノ調律を直接担当することになるわけですから、さらに喜んでもらえると思います。

こうやって他の調律師を紹介していると、逆にその方が関西でピアノを販売することがあったときには、必ずこちらを紹介してくれます。これが助けあいだと思っています。もちろん仕事ですから、競争することもあるでしょう。でも、正々堂々と仕事をやっていけば、結果はあとからついてくると思っています。






ピアノ販売ノルマが、いちばんつらかった


● では、こんどはユーザーとの関係についてお聞きします。ピアノ販売や調律のお仕事で、今まででいちばんつらいとおもったことは何ですか?


社員調律師として新人入社してから、ピアノ販売のノルマがありましたが、それが一番大変でした。

ピアノを長持ちさせるために調律に伺っているにもかかわらず、買い替えを勧めないといけない時などは、辛かったです。

でも、メーカー社員である限り、ピアノの販売はついて回りますし、それが宿命でもありますね・・・ 今となっては、その経験が大きな力となっているところはあります。

今、当時を振り返って、会社のピアノ販売方針について考えてみると、理解できる部分は確かにあります。調律師は、その立場から、お客様にとってのベストな提案をできます。だから、ピアノの機能がグレードアップする、グランドピアノへの買い替えを勧めるのが調律師の役目だと。会社は、そのように考えていたんだとおもいます。

ふつう、ピアノをガンガン販売している調律師は、いかにも営業上手、ノルマ優先で顧客は二の次、といった印象を持たれる方もいらっしゃるでしょう。

でも、そうとも限らないのです。

良い仕事をしていたら、ピアノのことはなんでもあの調律師さんに相談しよう、となります。だから、ピアノが売れる調律師は、お客様に本当に信頼されている証だと。そういえなくもない。実際に、そういう調律師もいましたから。

今では、社員調律師時代に私が9年間かかって販売したピアノの台数を、たった3か月くらいでクリアしています。もちろん以前とは関わる人数も体制も違うので当然といえばそうですが、大事なのはその数字の中身です。その数字の中身が、お客様からの信頼で満たされていなくちゃだめだ、と思っています。


たとえば、ビートルズの弾き語りが好きで、それ以上の曲を弾くことを望まないユーザーがいたとします。その人が使用している安くて音の良くないアップライトを別のものに買い替えるよう、すすめたりしますか?

ピアノ選びには、個人の趣味・趣向の問題があって、ビートルズならオンボロのアップライト、それも調律が少し狂ったピアノで荒々しく弾くことこそが望ましい、と考えている人も中にはいるはずなんです。なにを隠そう、その1人がわたしです。(笑)
もし、そういう人に対してグランドピアノをすすめたりすれば、それは逆に迷惑に感じるとおもうのですが。



おっしゃるとおりです。それがイヤで会社をやめたようなものです(笑)。

ピアノは、ちゃんと手入れすれば60年以上使えると思っています。なのに、20年経過したピアノをお持ちのお客様をリストアップして、販売商戦に営業にいくわけです。今は、そのような体制はなくなりましたが、当時はそれが相当辛かったです。

ノルマに苦しめられると、自分を見失うこともあります。オンボロピアノでも、それを気にいっていらっしゃる。それでいいじゃないかと思う自分がいましたが、今月のノルマのために、心の奥で「買い替えてくれないかな」と思っている自分もいました・・・

でも、さきほどお話したように、ピアノをバンバンと売っている同僚は、買い替えが主力ではなかった。やっぱり、紹介で新規の販売をやっていました。それが本当に信頼だと思います。

自分がイヤだったことは社員にさせたくありませんので、私の会社ではノルマはありません。笑顔で楽しく仕事をしていれば、その波動がちゃんとお客様に伝わるはずだと思っています。

 
学研の仕事図鑑に登場 01
 
学研の仕事図鑑に登場 02


【続く:1/2】

 


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