フランス料理のように豊かなピアノの響きをつくる秘訣とは(3)

ピアノの森・調律工房

ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
 森さん

第3回フランス料理のように豊かなピアノの響きをつくる秘訣とは

整音と料理は似ている

前回は、「音の響きのクオリティ」が高い低いとは、具体的にどういう響きの状態なのか。そして、ピアノの修理・調整の中でも、特に「整音」作業をきちんと行うと、なぜ弾きやすくなるのかについて、お話しました。

今回は、良い「整音」と悪い「整音」を比べたとき、実際の「整音」作業のやり方にどんな違いあるのかについて、お話します。

「整音」の良し悪しについて、これからおもに技術的な側面からお話していきたいとおもいます。ただ、そうはいってもこの記事をご覧になっている方はピアノ技術者ではありませんので、できるだけ一般のユーザーの方にもわかるようにご説明するつもりです。その点は、ご安心ください。

さて、その核心に入る前に、ピアノの修理・調整の中で、「整音」がどんな役割をもっているのかについて、もう少しお話してみたいとおもいます。

前回、すばらしい音・音色を、最高のフランス料理にたとえてみました。もちろん、あなたが好きで、味わい深くゴージャスと感じる料理なら、たとえとしてどんな料理でもかまいません。

たまたまわたしの場合は、「整音」によって最高に仕上がった音・音色を聴いたとき、とっさに頭に浮かぶのがフランス料理なのです。

とにかく最高においしい料理を思い浮かべ、比較しながら、「整音」の意味と役割について理解していただければとおもいます。

料理にたとえる意味は、音・音色という感覚が、味覚に似ているからだけではありません。料理全体の考え方と手順が、ピアノの修理・調整全体の考え方と、構造的にたいへん似ているからでもあります。


ピアノの響きは味、タッチは食感

ピアノの「響き」。

このとらえどころのない抽象的な感覚は、料理で言えば「味」ということになるでしょう。

ピアノの音色に関して、「華麗だが、甘さもある」といったような表現をする時があります。こうやって、音・音色について表現をするとき、味覚の表現をもちいることがよくあります。

そのことからも、ピアノの「響き、音色」が「味」に相当すると考えることに対して、違和感がないことがわかります。

そして、料理で「味」に相当するものが「響き」ならば、「食感」に相当するものがピアノの「タッチ」ということになるでしょう。

「整音」によって、料理でいうところの「味」が整えられたり、「食感」がよくなったりします。

つまり、それによって「響き」が整えられ「タッチ」がよくなります。


ピアノ修理全体の中での整音の役割

ただ、「整音」だけすれば、これら「響き」や「タッチ」が良くなるわけではありません。

「響き」の土台になるのはあくまで「調律」であり、「タッチ」の土台になるのは「整調」(鍵盤やアクションの機械の調整)です。

ですからその意味で、「整音」とは、土台である「調律」と「整調」の2つを、有機的に結合させる作業といえます。

それは、ピアノ内部の素材の特徴をうまくブレンドさせ、まるで料理のように一つの創作物として仕上げていく調整なのです。

料理の素材が良く、その特徴を活かしながら上手に加工したり、調合などの仕上げの技が決まれば、美味しい料理になります。

ピアノも同じように、木やフェルトの材質が良く、それらの特徴を活かしながら「調律」「整調」をし、その後上手に「整音」という仕上げの技を施してあげれば、フランス料理のような美味しい音を楽しむことができます。

かんたんいうと、素材を活かして料理することが、ピアノの「響き」をつくることに関しては「整音」にあたります。

「料理のしかた」=「整音」

素材をどう扱うかが、料理もピアノの「音・響き」も、もっとも重要なわけですから、言い方を変えると次のようにもいえます。

すなわち、素材がいくら良くても、料理の仕方が悪ければ、決して美味しい料理にはならない。

同じように、「整音」のしかたが悪ければ、ピアノの「音色・響き」は、よくならない。

ピアノの「音色・響き」を美味しいフランス料理にするか、あるいはレトルト食品のようにしてしまうのか。それを決定的にするのが、「整音」のやり方です。

もちろん、ピアノ本体の素材もとても大切なのですが、それを活かすも殺すも「整音」しだいだということを、ここではご理解いただければとおもいます。


整音と倍音の関係

ではいよいよ、良い「整音」と悪い「整音」の作業のやり方に、どんな違いあるのかについてです。具体的に技術のお話をしますが、できるだけやさしくお伝えするつもりです。

※その前に、最初に1つだけお断りしておかなければなりません。

ここでご紹介するわたしの技術は、あくまでその他存在するであろう優れた「整音」技術のうちの一つであります。

そのことを、最初にお断りしておきます。最高においしい料理の方法が、あまたあるように。

繰り返しになりますが、料理において大事なのは、調味料も含めていかに素材をうまくブレンドさせるかです。

調味料が強すぎても美味しい料理はできませんし、またメインの素材がでしゃばりすぎても美味しい料理にはなりません。

それを「音色・響き」に当てはめていうなら、良い音をつくるポイントは、「倍音」の構成をどう調整するかになります。

倍音とは、かんたんに言うと、元になる音に対して周波数がその整数倍の音です。

と言ってみたものの、この説明だとなんだかよくわからないかもしれませんね……。


たとえば、ピアノの真ん中の「ド」を弾いてみてください。よ~く聴くと、そのオクターブ上の「ド」の音が聴こえてきます。

次に、その上の「ソ」も、鳴っていることに気づきます。さらに耳をすませると……。


このように、ピアノなどアコースティックの楽器は、基音に対して、ある一定の比でそれ以外の音も同時に鳴っています。

これを、倍音といいます。ピアノの音は、この倍音が含まれるので、豊かに感じられます。

この倍音は、ふつうに聴いているとほとんど意識しないとおもいますが、ピアノの音色・響きを決めるものすごく重要なエッセンスです。

そして、この倍音を上手に調整してあげることこそが、今までずっとお話してきている「整音」の目的そのものになります。

高いほうの倍音が強いと、調味料が効き過ぎた料理のように、素材の持ち味がはっきり出てきません。逆に高い倍音が弱いと、ソースのかかっていないステーキのように、味もそっけもない音になってしまいます。

料理の上手な人は、様々な食材や調味料を上手にハーモニーさせますが、「整音」が上手な調律師は、様々な倍音を上手にハーモニーさせます。

しかし、言うは易し行うは難しで、この高い倍音と低い倍音を両立させることは、実はひじょうに難しいのです。

第1回でも触れたましたが、ここで調律師が失敗しているケースが、意外と多いのです。

困ったことに、もし誤った「整音」をしてしまうと、ハンマーを変えない限りずっとその状態が継続してしまいます。

料理なら、食べた時に多少まずいと思っても、次の日になれば忘れます。

でも、ピアノの修理・調整の中で、「整音」については、そうはいかないところが悩ましい、それゆえに、お客様とピアノ技術者の間でトラブルが多くなることも、すでにふれました。

料理と「整音」の違いがあるとすれば、「整音」の場合は、このようにかんたんに修正できないことかもしれません。


良い整音と悪い整音

この倍音の調整のお話まできて、ようやくこの第3回の本論になります。

「整音」の具体的方法、良い「整音」と悪い「整音」の方法の違いです。

ピアノの内部を見ると、弦を叩くハンマーというカマボコのようなフェルトを固めた部品があります。

「整音」の作業は、このハンマーに針を刺し、フェルトの硬さを調整して倍音の出方を調整します。

この針の刺し方で、良い悪いの違いが生まれるのです。

フェルトピッカー、ハンマーに針を刺す工具


仮に直接ハンマーの弦に当たる部分を深く刺したとします。

この方法だと即効性はありますが、ピアノの音はたちまちレトルト食品のように何か物足らない音になります。

ハンマーの刺し方の悪い例


確かにピアノの音はするのですが、これだと本来鳴るはずの豊かなピアノの音にはなりません。

ピアノをフランス料理のような豊かな音にするには、ハンマーの打弦点のまわりを放射状に深く何回も針で刺すのです。

針を何回も深く刺すことに抵抗があるピアノ技術者も多いようですが、それは打弦点を深く刺して失敗しているからです。

ハンマーの刺し方の良い例


これが、わたしが考える良い「整音」の技法です。

もちろん、これに留まらず、様々な配慮、注意点やコツがあるのですが、ここで指摘した点が、まさに良い「整音」と悪い「整音」とを分ける分水嶺になります。

たとえば、フランス料理のレトルト食品があってそれなりの味を楽しめたとします。

でも、それをフランス料理の店でだすことは絶対にできません。そんなことをすれば、当然ですが、お客様はカンカンになって怒るに決まっています。

ピアノだって、ピアノ技術者、ピアノ調律師が、そんなことを平気でしていいわけありません。

ピアノは何十万円もする高い買い物です。決してインスタント食品、レトルト食品のような音であってはならないのです。

「整音」は、ピアノ技術者、調律師にとって、ピアノの修理・調整の醍醐味を味わえる、本来たいへんワクワクする技術です。

わたし自身、「整音」のことをユーザーのみなさんにどうやって伝えようかとあれこれ考えているだけで、ワクワクしてきます。

「整音」について、少し具体的に知ってもらうことで、ユーザーのみなさんにも「整音」のおもしろさ、すごさ、そしてワクワク感を少しでも感じてもらいたい。

そんな気持ちで、3回にわたってお話をしてきました。

これを読み終えた後、「整音」って、なるほどそういうことだったのか、自分のピアノも整音で蘇るかもしれないと、少し興味をもっていただければ、わたしのお役目は果たせたかなとおもいます。


良い響きのための3要素

それはそうと、ここまでお話してきて、良いピアノの「響き」をつくる、大切な要素をひとつ忘れていることに気づきました……。

料理人によって料理の味が違うように、調律師の「整音」のしかたによっても、音はずいぶん変わってきます。

しかし、主役はあくまでピアノの演奏者ですから、その奏者の要望に応じて「整音」を行う柔軟性も調律師には必要です。

料理人も、当たり前ですが、それを食べてくださるお客さんの希望を無視できるわけはありません。

そうなると、料理の本当のハーモニーとは、元々の食材の良さ、料理人の能力と舌のこえたお客様という3つの要素から成り立っているといえそうです。

ピアノの修理・調整なら、そのピアノが持つ素材の潜在力、調律師の能力、そして耳のこえたお客様の3要素です。

これら3つの要素がベストミックスした時、あなたにとって、本当の意味で価値あるピアノの音が響き渡るのでしょうね。

【 今回の記事の執筆者 】
ピアノの森・調律工房

ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
 森さん



他のおすすめの記事