フランス料理のように豊かなピアノの響きをつくる秘訣とは(1)
ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
森さん
第1回フランス料理のように豊かなピアノの響きをつくる秘訣とは
お客様の「しようがない」症候群
ピアノの音を変えてほしいと調律師に頼んだ時、次のような返答をもらったことはないでしょうか?
「キンキンした音を柔らかくするには、修理代が高額になってしまいます」
「キンキンした音を柔らかくしたいとのことですが、残念ながら、もうピアノの寿命なので買い替えたほうがよろしいかと」
実は、この返答は誤っている可能性が非常に高いのです。
もしも、こういう返答をもらった場合、2つのケースが考えられます。
1つは、音を良くする技術に対する調律師の認識不足です。調律師がものを知らないから、安易にお客様へ高額な購入をすすめてしまうのです。
しかし、これはまだ良いほうです。
つまり、2つ目は、そのような返答をして、意図的に関係のない高額な修理をさせたり、ピアノを買い替えさせようとする、一部の悪意に満ちた調律師と業者のケースです(これは、ほんとうに同業者として情けない話ですが、業界ではほとんど常識になっています)
こんな提案をいきなりされた場合、ほとんどのお客様の反応は、次のようにだいたい決まっています。
「そんなに費用がかかるのなら、このまま我慢して弾くしかしようがない……。」
「直らないのなら、ピアノごと買い替えるしかしようがない……。」
こうやって、お客様の「しようがない」症候群をつくっている原因は、じつは一部の調律師と業者にあると私はおもうのですが。
もちろん、あまりにもピアノが古く、また管理状態が悪いため、キンキンした音の具合だけでなく、ピアノのメカニックを含めた全体の問題を考えた上で、ピアノ全体の修理が必要だったり、ピアノを買い替えたほうが良いと提案してくれる良心的な調律師や業者もいます。
これにも、状況によっていろいろな選択肢と判断はありますが、買い替えたほうが予算的に低く抑えられることは確かにあります。
しかし、管理状態もまずまず、国産有名メーカーピアノで、10年程度お子さんが弾いた程度の場合、どうでしょうか。
わたしにいわせれば、そんな場合、まったく買い替えたりする必要はありません。それどころか、ぜったいにそんなことしちゃダメ!です。
よく弾くピアノは、何年かすると必ず音のばらつきが出てきます。それらを元のようするには、音色と響きの調整をするというピアノ修理が必要になります。
さらに、そのとき正しい修理、調整をすれば、ピアノはもっと良い状態となります。つまり、置かれている環境と時間の中で、ピアノを構成している木材もなじんできます。そして、ピアノの成長過程でいえば円熟期へと向かっていくはずなのです。でも、もし買い替えてしまったら、そのすべてが台無しです。
もちろん、真新しいピアノが好きか、乾いた音のする円熟したピアノが好きかは、好みが別れるところではあります。
ですが、少なくともはっきり言えることは、買い替えるほどお金をたくさんかけなくても、今のピアノの音色を元のように近づけたり、あるいはさらに良くすることはできる、ということです。
心地よりタッチ感をつくりだすための3大要素とは?
上のケースは、ピアノ修理でいう、音をよくする調整をしない場合でした。こんどは、調律師や業者がその調整、作業をしてしまった場合についてです。
「音がキンキンしていたのが気になり、音を柔らかくしてほしいとある調律師に頼んだのですが、終わってみてビックリ! 音がこもってタッチも重くなり、逆にとても弾きにくくなってしまいました、どうしたらよいでしょうか?」
ご相談というよりはこんなクレームを、ふだんよくお受けします。
わたしは、ピアノ修理の中でも、とりわけ最終調整となる音を豊かに響かせることについては、もっとも得意にしています。
ありがたいことに、わたしに音の最終調整の依頼をくださったお客様のほとんどがたいへん満足されており、そのことを証明してくださっています。
それを風の便りにどこで聞かれたのか、わたしに関しては上のようなご質問をいただくことが多くなっているのです。
「調律師が自分の間違いをどうしても認めません。それどころか、強引に自分の意見を押し通そうとしてきます。もう正直、訴訟まで考えざるを得ません!」
中には、このように怒り心頭で、カンカンになっていたお客様もいらっしゃったほどです。
わたしも調律師の1人です。ですから同じ調律師として、その調律師の立場と気持ちもよくわかります。だって、たとえどんなに若くてまだ未熟だったとしても、調律師にだって仕事人としてのプライドがありますから。
自分の精一杯の仕事がお客様から否定され、それを自分自身でしっかり受け入れてしまえば、自分の心に当然傷がつきます。
そうなると、自分の自尊心がズタズタに崩れてしまい、次の日から調律の現場に向かえなくなってしまう。
ひどい場合は、そのような一種のうつ状態になる人も中にはいるでしょう。
だから、心理的には、絶対に自分の非を認めたくないものなのです。
これは、何も調律師に限らないとおもいます。
でも、だからといって、良いピアノの状態や響きについてよくわかっていらっしゃるお客様の要望や気持ちを無視してよい、ということにはなりません。
たとえどんなに傷ついたとしても、反省すべき点は反省し、改めるべきところは改める。これが、本当の意味での仕事人、プロのピアノ調律師だとわたしはおもいます。
音の響きの感じ方は、あいまい
考えてみれば、「音の響き」をどう感じるかは、とてもあいまいです。同じピアノの響きでも、人によって良いと感じたり、良くないと感じたりします。
料理でいえば、フランス料理、イタリア料理、中華料理、日本料理などいろいろありますが、それぞれどれがいちばん好きかは人によって違うのは当たり前です。
それと同じで、「音の響き」にも「好み」という側面は、必ずあります。
しかし、北京で1番と言われる中華料理のお店で北京ダックを食べたり、ミシュラン3つ星のお店でフランス料理を食べる、本場イタリアのピザ専門店でピザを食べる、あるいは築地で採れたて新鮮なネタの寿司を食べれば、気づくことがあるはずです。
そこには、それぞれ味は違えども、一定の共通した高い「クオリティ」があることを。
それは、ピアノの響きについても言えると考えられます。
最高に調整されたヨーロッパのコンサートピアノ、あるいは国産の最高品質のコンサートピアノなどの響きは、普及価格帯のグランドピアノとは明らかに一線を画するものです。
たとえば、スタインウェイやベーゼンドルファー、国産有名メーカーのグランドピアノなどですね。実際弾いてみるとわかりますが、それぞれ個性は違いますが、明らかに一定ラインを越えた高いクオリティをそれぞれが備えていることに気づきます。
同じピアノでも、音の響きのクオリティが違う
しかし、その「音の響きのクオリティ」の問題は、それぞれ生まれも性格も違うピアノの場合にとどまりません。
というのは、その「音の響きのクオリティ」の違いは、同じピアノの中でも起こってくるものなのです。
つまり、ピアノ調律師の修理・調整いかんによっては、同じピアノの中でも響きのクオリティが高くなったり、低くなったりといったことが起こるのです。
その意味で、先にお話したようなお客様のクレームは、「音の響きのクオリティ」が、以前の低い水準と比べて、ピアノ調律師の修理・調整後、さらに低くなってしまったのは、なぜなんだ!という訴えだったと言えます。
ピアノの修理・調整の中でも、この「音の響きのクオリティ」にいちばん関わってくるのが「整音」という作業です。
「整音」とは、かんたんに言うと、文字通り音色を整えることです。
作業的には、ピアノの弦を叩くハンマーに針を刺して、音の発声をつくっていきます。
一口に音を整えるといっても、この「整音」という作業は、とても深いのです。
単なる音ではなく、音楽的に豊かな印象をもつ音色にまで整えていく。音色に深みを与えるよう、響きを立体的につくっていきます。
ですから、本当に実力のある調律師からみれば、この「整音」が実はいちばんおもしろい作業だったりします。
逆に、音楽性と高度な職人技術が要求される分だけ、この「整音」という作業を苦手にしている調律師がいることも、これまた事実です。
ピアノの響きやピアノ音楽が本当に好きなユーザーがもっとも気にするのが、ピアノの音色がどうなのかです。その要求に答えるのが、この高度な「整音」という作業なのです。
調律師によって、響きのクオリティは変わる
さて、ここで困った問題が現実には起こります。
先にお話したお客様の例がまさにそうですが、ピアノ調律師の感性と技術レベルのいかんによって、同一のピアノの中で「音の響きのクオリティ」が高くなったり低くなったりしてしまうことです。
調律師の「整音」テクニックが良くないと、音がこもってしまうことはよくあります。
反対に、「整音」テクニックが良ければ、同じピアノとは思えないくらいに豊かな音色に激変することもあります。
さらに、つけ加えましょう。
お客様から鍵盤タッチが重いのでもう少し軽くしてほしいという要望があったときに、「整音」作業をすることで軽くなり、とても弾きやすくなる、といったことがあります。
ここで、ピアノの構造や修理・調整にお詳しい方なら、「おやっ?」と思われたかもしれません。
そう、鍵盤タッチの重い軽いの調整は、ピアノ修理の中でも「整調」という作業なのではないのかと。
「整調」とは、主に鍵盤を弾くことでハンマーがうごく機械のしくみを適切に整えてあげる作業です。
ですから、鍵盤の重さ軽さを変えたり、調節したりするのは「整調」に関わることだろうとおもわれるのは、当然なのです。
そう思われた方は、けっこう鋭い方なのですが、実は鍵盤の重い軽いを決めるのは「整調」だけではありません。
こう言うと意外におもわれるかもしれませんが、ときに鍵盤の重い軽いを決めるのは、「整音」作業の場合もあるのです。
なぜかについては、次回以降に譲るとして、とにかくここで指摘した問題は重要です。
以前、伺ったピアノ教室をされているピアノの先生宅で、タッチが重いので改善してほしいとある調律師に頼んだが、何度修理・調整してもらってもぜんぜん良くならない、とおっしゃるのです。
わたしがチェックしたところ、原因はハンマーの劣化によるもので、きちんとした「整音」の作業をしなければ改善しない状態でした。
しかし、そのピアノのタッチを改善するカギが、じつは「整音」にあることに、残念ながら何度チャレンジしてもその調律師は気づけなかったのです。
その後、わたしが「整音」作業を行ったところ、
「終わってみてビックリ!こんなにも変わるものなのですね。」
とその先生はおっしゃり、その後、再び伺った時には、
「生徒さん皆が、音が変わって弾き易くなったと喜んでくれました。」
とおっしゃいました。
「音の響きのクオリティ」を高くコントロールしながら、そこに個性(調律師やそのピアノ本来の個性)を伴った豊かな響きをも表現できるピアノ。それを実現するために特に重要なのが、「整音」という作業です。
そして、それは「弾きやすさ」とも関わりががあることも、お伝えしました。
次回以降は、良い「整音」を行ったときに、ピアノが豊かに鳴り響く状態とはどのようなものか、反対に悪い「整音」がなされたり、整音がまったくなされなかった場合、どんな状態になるのか、についてお話をすすめていきたいとおもいます。
そして、その2つの状態を比べたとき、実際の「整音」作業のやり方にどんな違いあるのかについても、さらに深めていきたいとおもっています。
【 今回の記事の執筆者 】ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
森さん
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