調律だけでは不十分! 心地よいタッチになるための3大要素(3)

ピアノの森・調律工房

ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
 森さん

第3回 心地良いタッチになるための3大要素

ピアノの構造に着目する

さて、ではさらにピアノの奥深い世界に入っていきましょう。

タッチを決める3つ目の要因、ピアノの構造とはどのようなものでしょうか。

少し内容的にめんどうなお話になりそうですが、じっくり読み進めていただけば、きっと理解もすすむことと思います。

構造の面でピアノの響きを決定する弦と響板の話が、主になります。整調をしても整音をしても中々思うようにタッチや響きが改善されない、こういう場合、響板の構造を疑う必要があります。

では、響板とはなんでしょうか。それはピアノの音が鳴っている板のことです。

じつはピアノとバイオリンの構造は、音の響かせ方において、基本的に同じ構造をもっています。

ここからのお話をわかりやすくするため、最初にかんたんにバイオリンとピアノの音の響かせ方の構造についてご説明いたしましょう。

バイオリンには、音を響かせるためのボディーがあり、その上に駒という装置が置かれています。

その駒の上にそれぞれ弦が張られているわけですが、その弦の振動が駒を通して、ボディーに伝わる。そのことで、豊かなあのバイオリンの音が鳴るしくみです。

※矢印の部分が駒

弦の振動 → 駒 → ボディー(響板) → バイオリンの響き

このような流れです。

ピアノの響かせ方も、このバイオリンと、基本的にまったく同じ原理なのです。

弦の振動 → 駒 → ボディー(響板) → ピアノの響き

ピアノ(アップライト、グランドピアノともに)であれば、細い板が等間隔で並んで貼り付けられた大きな木の板があります。

これが響板です。そして、その上に駒があり、その駒の上にピアノの弦がそれぞれ張られています。

弦から伝わった振動エネルギーがこの板に共鳴して、大きな音が出るしくみです。

※矢印の部分が駒

ピアノとバイオリンが響く構造で異なる部分

ピアノとバイオリンの響く構造は、基本的に同じだと申し上げました。でも、異なる点もあるのです。その異なる点について、次にお話します。

  1. 駒の高さ、駒の上の弦の角度を変更できるか否か
  2. 弦の本数とその張力

まず、1つ目の駒の高さ、駒の上の弦の角度を変更できるか否かです。

バイオリンは、上の写真でご覧いただいた通り、駒の部分で上に持ち上げられていて、横からみると駒を中心に山の形のように角度が鋭角になっています。

その駒の高さを調節することで、音の響きを変えるといったことができます。

しかし、ピアノはそれができません。ピアノの場合、バイオリンのように駒の高さを変えることが簡単にはできないのです。

それをするには、200本以上ある弦を、一度全部緩めなければならないからです。これは、ちょっとやそっとでできる修理、調整ではないのです。

次に、2つ目の弦の本数とその張力についてです。

弦の本数ですが、バイオリンの弦はわずか4本しかありません。しかし、今申し上げたようにピアノには、200本以上の弦が張られています。

このことは、単に見た目の弦の本数以上に、設計上とても大きな違いをもたらしています。

ピアノの弦の張力は1本あたり平均90キロにおよび、その200本以上の弦を併せた総張力は20トンにもおよびます。

しかし、バイオリンの弦は、本数がたった4本と少ないうえに、1本あたりの張力もピアノのように強くありません。

ということは、響板全体にかかる弦の圧力も少ない。そのため、弦の負荷を響板に強くかけることはさほど問題にならないのです。

さきほど申し上げたように、駒に対して弦の急激な角度をつけ、弦の圧力をぐっと響板に加えることができるわけです。

しかし、ピアノはそうはいきません。

ピアノは、その本数の多さと総張力の大きさゆえに、一本一本に急激な角度をつけすぎると、響板に負荷がかかり過ぎます。

これは、ピアノにとって、響きや構造の点で良くない状態です。

ピアノの修理、調整をする場合、ピアノ技術者は、たくさんの弦の貼り方や張力、駒の位置や弦との角度、響板の状態を考慮しながら、それらをいかにバランスさせるかに注力します。

もちろん、それは、美しい音を響かせるという音響的な側面を考慮してのことです。

もしそのバランスが崩れると、ピアノも高音だけ鳴りが悪くなったり、あるいは低音だけがそうなったり、といった不調が起こります。

ピアノは、いわばこの「バランスの概念」といったものを用いて弦を調整しますが、バイオリンは本数が少ないため、この概念を用いる必要はありません。ここも、両者で決定的に違うところです。


ピアノの響きの構造上あるべき理想の状態

ピアノの構造の核となる部分について、お話いたしました。

では次に、それなら、ピアノの構造上あるべき理想の状態とはどんな状態なのか続けます。

先にお話した通り、ピアノの弦の張力は、すべて合わせると20トンにもなります。

当然、構造上この張力は、駒をとおしてピアノの響板にもかけられています。このとき、この張力は駒を押し下げる力として働きます。

そこで、もしバイオリンの駒と弦のように急激な角度をつけて、ピアノの響板にこの弦の張力による圧力(駒の上から下へ押す力)をかけたとしたら、どうなるとおもわれますか?

答えは……。

響板が、豊かに響かなくなります。

もしそうすれば、弦が駒の上から下へ押す力によって、響板の振動が抑えられ、響かなくなってしまうのです。

ですからピアノの場合、バイオリンのように、駒の部分で弦に山のような急激な角度をもたせるようなことはしません。

ピアノの場合、弦と駒の間には鋭角をつくらず、ほんの少しだけ角度をもたせる状態がベストです。

響板全体に張り巡らされたピアノ線、そのトータルの張力は20トン。

もしこれらの張力によって響板に過度に圧力がかかり過ぎると、弦の圧力で響板が響かなくなってしまいます。

それを避けるために、弦と駒の間の角度は極力なだらかにしなければならないのです。それは、200本の弦すべてにおいてです。

仮に、低音のバス弦の部分だけ、急激な角度をもたせたとしましょう。

それだけで、見事に音はバランスを失います。その部分を中心に響板を抑える力が強くなり、バス弦の部分が響かなくなります。

それだけでなく、それによって響板の広範囲で鳴りが悪くなる可能性がでてくるのです。

※矢印の部分が駒、弦は一直線に見えるが、実は駒によって弦がほんの少し上に持ち上げられている

駒の角度がつきすぎても響かない、駒の角度がなくなっても響かない。ベストの角度は、あたかも針の穴を通すかように繊細で微妙です。

1本当たり平均90キロも張力をもつ弦で、しかも200本以上すべてにわたって、すべて同じように理想的な状態にしなければなりません。

厳密にいうと、駒の角度による響板への圧力の問題ですが、それがいかに重要で難しい修理、調整か、ある程度イメージしていただけるのではないかと思います。


【コラム】ピアノ弦の張力の移り変わりとスタインウェイ

歴史的に、ロマン派くらいまでのピアノの弦の張力は、今ほど強くありませんでした。

当時のピアノを見てみると、今のピアノと比べて鉄骨が細いのがわかります。

ピアノ線の20トンにもおよぶ全張力は、主に鉄骨によって支えられているのですが、昔のピアノはピアノ線の張力が今のピアノと比べてそれほど高くないために、今のような太い鉄骨が必要なかったのです。

しかし、時代とともに、大きなホールでも音がよく響き渡る大きな音量が求められるようになっていきました。

そこで弦の張力を強くして、より大きな音を出せるようにピアノメーカーは取り組んでいったのです。

そんな中で一社、他のメーカーと比べて弦の張力が低いメーカーがあります。スタインウェイです。

響板に負担をかけないように、少ない張力で、よりピアノを豊かに響かせることができれば、それが一番理想なのです。

これは、他のピアノと比べて、スタインウェイは”ピアノ自体がよく鳴っている”ともいえるでしょう。

実際にスタインウェイの鉄骨を見てみると、他のメーカーより細いのがわかります。そして、鉄骨が細いために”鉄骨自体を鳴らす効果”も、より引き出せるわけです。

そういった意味で、スタインウェイのバランスは理想的ともいえるでしょう。ここが、スタインウェイのスタインウェイたる所以かもしれません。

ピアノに比べて、ヴァイオリンは弦の張力が弱いですが、大ホールの隅々まで響き渡る音をよくあそこまでつくり出せるものだと感心します。

ヴァイオリンはストラディバリウスによって、ピアノはスタインウェイによって、完成されたと言われます。

どちらも材料や設計などの点において、それらを越えることは難しい理想的な現代の楽器を完成させたと言えるでしょう。


駒の上の弦の傾きが少なくなるとき

ここまで、ピアノの響きの構造上、あるべき理想の状態をご理解いただいたところで、もう一歩お話をすすめましょう。

では、ピアノにおいて、この弦と駒の間につくられたほんのすこしの角度がなくなって、横からみると駒に対して弦が垂直になっている状態、言い換えると、駒の部分で弦が上に持ち上げられた山なり状態ではなくなり、弦が端から端まで直線的に張られた状態になることはありうるのでしょうか?

ありえます。

ピアノの響板には、一般にはスプルースや松などの柔らかくしなりのある木が使われます。通常のピアノの響板は、横からみると、真ん中がすこし膨らんだ状態で湾曲しているのがふつうなのです。

※上図:響板がそっていることで駒が上に持ち上がり、弦が上に押し上げられている。そのため、弦のエネルギーが響板に十分に伝わる。

※下図:響板のそりがなくなっている。そのため駒が弦を押し上げることができず、弦のエネルギーが十分に響板に伝わらない。(わかりやすくするために図の弦の屈折の角度と響板のそりの状態はかなり誇張して描いてあります。実際は、弦の屈折の角度と響板のそりの状態はもっとなだらかです。)


この湾曲、しなりがへたってきて、真ん中が落ち込んでくることがあります。しなりがへたるとは、響板の張力が落ちてくるということです。

そうなると、響板の上の駒の部分にのっている弦の高さが、当然変化してきます。それが、とても問題なのです。

例えばグランドピアノでご説明しましょう。弾き手の側からではなく、翼が開かれる観客側のほうからみてみます。

その方向からみると、グランドピアノの弦は、地面に対して平行に張られた状態よりも、響板のしなる力によってほんのちょっとだけ駒の部分で上に持ち上げられた状態になっています。

正常な場合、駒の上で、弦は少しだけ山なりになっている。(上の図を参照)しかし、この響板のしなる力がなくなると、響板は弦の張力に負けて弦を上に持ち上げられなくなり、地面に向かって沈下していきます。

弦の下への圧力がかかる
  ↓
響板のハリがなくなっていく
  ↓
響板の真ん中の落ち込みがおこる


弦から響板までの圧力のかかり方とそれによる変化の状態をまとめると、このようになります。ただ、ここで大きな問題があります。

このプロセスの結果として、駒の上で少し持ち上げられていた弦は、地面に対して平行になるまでに下がっていく。

この弦の地面に対する平行状態が、ピアノをよく響かせるという機能面で、もっとも良くない状態であり、問題の核心なのです。


もしこうなると、音への影響がでてきてしまいます。響板に弦の振動が十分に伝わらなくなって、先にお伝えしたように響きが鈍くなってくるのです。

さて、ここまでピアノの構造について、かなり詳しいお話をしてきました。理解いただくのに、お疲れになったことと思います。

しかし、構造の詳しいお話は、もうここまでで終わりですから、ご安心ください。

そして、ここまでお話すれば、私が本当に伝えたいと思っているピアノの構造とタッチ感の関係について、勘の良い方であればもうお気づきかもしれません。

ここからが、3つ目の要因「ピアノの構造」で、いちばんお話したかったことです。

理屈は、ここち良いタッチ感を決める二つ目の要因「整音」で、ご説明したのと同じです。

状態の悪くなった響板、そしてそれによって変化してしまった弦と駒の角度。

その状態では、いくらおもいっきりフォルテシモを鳴らそうとしても、あるいは気持ちを込めてピアニッシモを響かせようとしても、土台無理な話なのです。

それでは、そのピアノが本来持っている音の強さや音色はでません。

それは、ハンマーの状態が悪いまま(整音がきちんとなされていない状態)で、同様のことをしてもできないのと同じです。

こうなると、弾き手は無意識に鍵盤を強く押してピアノを響かせようとします。ですから、「タッチが重くなった!」と感じてしまうのです。


響板や弦と駒の角度が変化してしまった場合、修理、調整はできるのか?

端的に申し上げましょう。

もしそうなってしまった場合、ほとんど通常の修理、調整はできないものと考えてください。

これらの良くない状態を、良い状態にもどしていくことを、ちょっとイメージしてみてください。

繰り返しとなりますが、ピアノの駒に対する弦の角度は、バイオリンのように大きな角度ではなく、ほんの少しの角度でなければなりません。

そのほんの少し角度をつける作業を、200本以上の弦に対して均等に作り出さなければならないのです。

しかし、弦は一回張ってしまうと、後でかんたんに調整、変更することは、たいへん難しいし、困難さを伴います。

要するに、どうしても改善したいのであれば、ピアノ全体の大修理となる、オーバーホールを行う。残念ながら、そういう方向になってしまいます。


響板や弦と駒の角度が変化は、どれくらいの割合で起こるものなのか

ここまで、ちょっと脅かすようなことをお話してしまったかもしれません。

「もし、うちのピアノがそのような悪い状態に陥ってしまっていたら……。」

そう感じられた方に対しては、たいへん申し訳なくおもいます。でも、あまり心配しないでください。

ここまでお話してきた響板のへこみ、またそれによる駒と弦の角度の変化は、そうそう起こるものではありません。

このような変化は、かんたんには起こらず、ピアノを購入してから時間が経っても、状態はそんなに変わるわけではありません。

ですから、自分のピアノはだいじょうかどうか心配とおもわれた方も、ひとまずご安心を。

ただ、もし万が一そのような良くない状態になってしまったとしたら、それはピアノの寿命、あるいは運命と考え、そのピアノとうまくつくあっていく方法を考えていくことになるでしょう。

とにかく、響板はピアノの命ともいえるほど重要な部分です。その響板をいかに響かせるかを構造的に考えて、ピアノはつくられている。

それと同時に、そのことはピアノを心地よく弾くためのタッチ感とも、密接にかかわっていることを、ぜひともご理解いただきたいのです。


ポテンシャルを意識しつつ、統一された音イメージに向かって道筋をつくる

ちょっとイメージしてください。

オーケストラの指揮者がここにいたとします。彼はある楽曲を指揮するため、楽団員と打ち合わせやリハーサルをします。

この時、この指揮者と団員たちは、お互い初めての顔合わせになると同時に、初めていっしょに演奏を行うのです。

指揮者である彼は、限られた時間の中、その団員それぞれの個性や特徴、良い点、悪い点、そして今はまだ表にでていないポテンシャル(潜在能力)までをも、見ぬかなけれなりません。

そして、そういった点を考慮しながら、本番までにどこをどう修正して全体のバランスをとっていけば最高の演奏になるのか、という道筋をつけていくことでしょう。

私は、ピアノ調律師やピアノ技術者の本来の仕事も、これに似たところがあると思っています。

初めて伺うお宅で、始めてのピアノに出会う。電子ピアノではないので、たとえ同じメーカーの同じ型であったとしても、年代や環境によって、ピアノ自体に個性やクセがあることも多いのです。

さらに、ピアノの鍵盤はたくさんありますが、それぞの鍵盤の音の出方にも、違いがあります。やけによく鳴る鍵盤もあれば、くすんで発音が悪い鍵盤もあり、バラバラになっていることも多い。

こういった個性、クセのある各パートを、限られた時間の中で、ひとつの統一された音イメージとして、まとめていかなければならないのです。しかも、ポテンシャル(潜在能力)も考慮しながら。

今回のテーマでいえば、修理、調整の作業前、本当に心地良いタッチ感と気持ちのよい響きを実現するために、「整調」だけでなく、「整音」やさらには「ピアノの構造」まで考慮し、手順を頭に入れておきます。

これは、指揮者が、演奏前にしっかりと曲の構成をつかんだり、いっしょに演奏する楽団の最大の特徴や問題は何かを頭で把握するような作業です。

そして実際の作業に入ります。もし響板全体のポテンシャルが非常に高く、良く鳴るピアノならば、整音によって音を柔らかくし、あえて多少響きを抑えるという調整が必要になってくるでしょう。

あるいは、全体ではなく、響板の一箇所だけ、特にポテンシャルが飛びぬけて高い場合、または低い場合があります。

この場合は、整調、整音で、全体のバランスを取ります。

当たり前ですが、一箇所でも音のポテンシャルが高かったり低かったりすると、滑らかで音楽的な流れを阻害してしまいますね。とても弾きにくい鍵盤のタッチ感になってしまいます。

音の状態が、もっと悪いときもあります。音それぞれで、音質にバラつきがある場合です。

例えば、ドの音は硬く尖っているが、隣のレの音はこもっている、ミの音は軽いタッチだが隣のファは重い感じ、などです。これも先と同様の調整で、なめらかな音とタッチ感をつくっていきます。

ただ、こういった「ポテンシャルを考慮して、全体のバランスをとる」意味について、誤解していただきたくないのです。

これは、良い特性のレベルを少し落としてより悪い状態にし、妥協するという意味では、けっしてありません。

そうではなくて、良い特性をできるかぎり引き出し、全体のポテンシャルをより高める修理、調整をする。その意味でつかっています。

間違っても、ポテンシャル全体を封印してしまうような修理、調整は、やるべきではありません。

あくまで、全体の音楽的バランスを考えた上で、それを壊すような飛び抜けた特徴があった場合については抑制する。そういう意味でのバランスの取り方をすべきです。

こうやって、バラバラだったピアノ内部の各パートのバランスが、全体の中でベストマッチしたとき、なめらかでよどみない音の流れが、自然にピアノのある空間に流れだします。

その時の私は、まるで、最初バラバラだった団員の各パートをまとめあげ、最高の演奏をし終えた後、大歓声の中で満面の笑みをたたえている指揮者のような気持ちになります。

私が指揮者なら、そこで、調整されたピアノに向かって弾いているピアノ奏者の方とは、ピアノ協奏曲を共演しているようなもの、というのは、私の妄想が過ぎるでしょう。

でも、いつかお会いした時に、今回お話したピアノの鍵盤のタッチ感について、さらに奥深く、楽しいお話の共演ができれば、とても幸せです。

【 今回の記事の執筆者 】
ピアノの森・調律工房

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