ピアノ調律師は知っている。鍵盤が重い、そのほんとうの理由とは?(前編)

KATOおんがくクラブ

KATOおんがくクラブ
(愛知県名古屋市)
 東條さん

「お子さんが、レッスン先やお友達のおうちのピアノに比べて、自分のピアノの鍵盤が重いと感じている」

この記事では、よくあるこのケースについて、お話します。

それは、数年来お伺いしている、新興住宅街にお住まいのあるご家族。スポーティーで活発なご両親と、ピアノが大好きなお姉ちゃん、お父さんと一緒に野球に夢中な弟君の4人です。

初めてお伺いしたときには、そのお父さんに、いきなり脅されてビビリました。

あ、ごめんなさい。ちょっと、おおげさでした。

お父さんが、非常に疑わしそうな目で、私を待ち受けていらっしゃいました。^^;

な、なに!? このイヤ~な空気。今日が初めてのおうかがいです、まだ(?)何も悪いことしてないのに……。

状況をよくのみこめないままの私に、作業が終わるのを待たずに、細かい部分まで厳しい口調での矢継ぎ早な質問攻め。

しかし、意味もなく雰囲気にただビビるのは女がすたる。(!)いつものように真正直な仕事をしさえすれば、何も怖いものはありません。

分解してピアノの中をお見せしながら、ひとつひとつのご質問に丁寧にお答えしました。

そうしたら、とてもよく理解できたよといってくださって。今後も担当をよろしく!と、急にご機嫌がよくなられました。

「ふぅ・・・やれやれ、ほっとしたぁ。」

それ依頼、数年来のお付き合いというわけです。

じつは、私が女性の調律師だったため、最初、ちゃんと仕事するのかどうか心配だったらしい。

どうやら女性調律師全体に対して、このお父さん、偏見をもっていたよう。

かくして女性調律師の地位向上に、ちょっとだけ貢献をしたのであります。 v(^ー^)v


じつは、そのお父さん、親しくなれば本当はとても気さくな方。(調律師への厳しい尋問も、お嬢さんを愛すればこそだったんですね!)

その後あるとき、同じ野球チームで幼馴染のKさんを紹介してくれたんです。そのKさん宅にもピアノがあって、だれかいい調律師がいないか、さがしていたからなんですね。

Kさんは、先のお父さんと幼馴染で職場も一緒、野球チームも一緒。だからお互い家族ぐるみのおつきあい。しかも、ピアノをやっているお嬢さん同士が同学年(4年生)で、仲良しなんです。

そのお父さんいわく、

「ウチの娘よりも、あの娘(kさんのお嬢さん)のほうが、ピアノの練習はよくするようなんだけど、使ってるピアノがイマイチみたい。」

「ウチに遊びにくると『○○ちゃんとこのピアノ、弾きやすくなって、いいなあ~』って言うんだよ。だからあっちのピアノもウチみたいに弾きやすくしてあげてもらえないかなあ。」

ということでした。


というわけで、さっそくkさん宅の奥さんと、事前に電話で打ち合わせ。

ピアノのメーカーはどこだかよくわからない。よく見る有名メーカーではなさそうだ。中古ピアノを職場の知り合いのそのまた知り合いからもらったのだそう。

国産有名メーカーである先のお父さん宅のピアノとは設計は違います。

それと全く同じタッチの再現は難しいかもしれませんが、できる限りの調整をしてみますので、よろしくお願いします、というかんじでとりあえずご説明を。

そして、実際現場で目にしたピアノは……。

国産ではありますが、すでにピアノの生産は終了している会社のもの。

調律カードや保証書類も全く保存されておらず、私の資料で、約30年前の製造のものとわかりました。

生産台数も少なかったんでしょうね。私の調律してきたピアノの中でも、過去に3台くらいしかなかったです。

弾きごこちは、設計的にも重めのタッチになるようなものでしたが、最大限の調整で、多少軽くすることができました。

でもね、鍵盤の重さの最大の原因は、そこにはあらず……。


このお宅は、古い町並みにあるお宅で、おうち自体も和風の古いお宅。そして、ピアノのあるお部屋も(それ以外のお部屋もたぶん)畳のお部屋。

窓を開ければ、すぐ横に畑があって、小川がサラサラと流れていて。

そして、おどろいたことに、ピアノ内部を湿度計で確認してみると、軽く80%以上に振り切ってる……。

「マ、マズイ……。」

ちなみに、湿度80%以上なんて、かなり多湿な状態です。

お嬢さんは、時期によっては鍵盤が動かなくなったりすることもあったけど、古いピアノだからしかたないと、諦めていたとのこと。

早速ピアノの中を開けると、内部の細かい金属部品が錆で動きにくくなってる。

幸いカビは生えていなかったものの、錆は内部の動作部品にも、鍵盤を上下させる金属の軸にも表れていたんです。


そうです。鍵盤を重くする悪さをしていた最大の悪玉は「異常すぎる湿気」だったのです。

kさん宅のお嬢さんは、鍵盤が重くて弾きにくかったという。鍵盤の反応が鈍く、子供の手の力では、軽く動かせなかった。

その理由は、長年、多量の湿気にさらされ続けることで、ピアノ内部に錆が繁殖し、機械のスムースな動きを妨げていたからなんですね。

さあそれで、その錆だらけになったピアノの処置です。ピアノ内部をお見せして、まずはご相談から。


錆落としだけも、ずいぶん昔の軽やかさが取り戻せました。

それから、部品交換やその他の磨き修理。そして、翌年は内部除湿の機械も取り付けしました。

現在は、一年を通していつでも一定の軽さで弾けるようになり、とても喜んでもらっています。

お母さんのお話では、それ以後、お嬢さんの練習の時間がますます増え、今度グレード6級に挑戦するそうです。

お子さんのピアノの上達には、ピアノの管理がとっても大切。動きが鈍く、正常に動作しない重い鍵盤で弾いていたのでは、せっかくのお子さんの才能も開花せぬまま、埋もれてしまう……。

お子さんの才能を最大限に引き出すために、多量の湿気でピアノが溺れそうになっていないか、一度ちゃんとチェックしたいものです。


それから最後に、鍵盤タッチのチェックをするときに、気をつけることをつけ加えますね。

タッチの違和感を感じるのは、一番よく弾く方。お子さんが弾くのであれば、お母さんよりもお子さんに実際弾いてもらったほうが、問題箇所が明確になります。

「ここがこう変な感じ」とか、直したあとの確認で「前より軽く(重く)なって弾きやすい」などのように、その場で確認するのがいちばんよいのです。

ピアノ調律師にタッチをみてもらうときは、できればお子さんもご在宅の日がおすすめですよ。

次回は、続編「ピアノ調律師は知っている。鍵盤が重い、そのほんとうの理由とは?(後編)」で鍵盤が重いと感じるもう1つの理由です。

【 今回の記事の執筆者 】
KATOおんがくクラブ

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(愛知県名古屋市)
 東條さん



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