【ピアノと調律】のメルマガ・バックナンバー 08年6月3日
■今回のメルマガ執筆者
中村ピアノ調律工房 (茨城県牛久市)
「よく考えたらうちのピアノは電子ピアノで、調律の必要がなかったんです。」
数年前、30代で一家のお父さんとおぼしき男性から調律の依頼の電話を受け、日取りも決めました。根っから音楽が好きなので、音楽を趣味とするお客様と会えることも、この仕事の楽しみの一つです。
ところが、その日の数日前になって、このようなキャンセルの電話。
長年、この調律という仕事をしていると色々なお客様に出会い、またこのようなおもしろいケースにも遭遇します。
この場合、仕事にはつながりませんでしたが、正しい音で子供にピアノを弾かせたいというその"お父さん”の認識には関心しました。
よく、「ピアノを弾くのはどうせ小さな子供だから…。」と調律の大切さを軽視する方がいます。しかし、その”小さな時”だからこそ、正しい音を聴かせるのが大切だとおもうのです。
ある調べ物をしていた時に、著名な作曲家でエッセイストでもある吉松隆さんのホームページに、こんな事が書いてありました。
『私が「作曲をやる」と言い出した時、父に昔の友人であるプロの音楽家のところに連れて行かれました。
<<中略>>
で、お宅に伺ったら、ピアノでひとつ音を弾いて「これ、何の音?」と聞かれました。それで「B♭」って答えたら、「残念、Aです」。半音違ってたわけです。で、「まあ、作曲をやるなら、せめて音楽大学に行きなさい」と(笑)。でも、家に帰って調べてみたら、うちのピアノほとんど調律してなかったので、半音低かったんです。だから、ちゃんと調律した普通のピアノではAの音が、うちのピアノで覚えてしまった耳にはB♭に聴こえる。あ、これで絶対音感はダメだ、と(笑)。』
※ <音は低くなる> ← A⇒B♭⇒B⇒C → <音は高くなる>
※ A(ラ) B♭(シ♭) B(シ) C(ド)
吉松さんの家のピアノは、丁度いい具合にすべての音が半音ずつ下がっていたのでしょうか。それにしても、狂いに狂った音階を聴きなれた耳には、正しい音階で奏でられる演奏はいったいどう聴こえるのだろう。
音を聴き分けるというのは、モノの価値を見分ける目利きと似たところがあるのかもしれません。宝石の鑑定士は自分の子供に本物を見分ける眼を養わせるため、最初の一年目は本物の宝石だけを見せるといいます。本物で目が肥えると、当然偽者はすぐに見分けがつくというわけです。
調律師としての私にも、似たような体験があります。私が初めて楽器を正式に習ったのは、ギターだったのです。実はこのギターとの出会いこそが、私を調律師として育ててくれました。
皆さんご存知の様に、ギターと言う楽器は演奏する都度自分で調弦をしなければなりません。音叉で聴くラの音は、常に私の耳に鳴り響いていました。そのようにして、幸い人生の比較的早い時期に正しい音を聴き分けられるようになったのです。
私は調律師になる前、ギターの講師としてある有名な音大にギターを教えに行っていたことがあります。音大生たちに自分で調弦をさせると、音があうどころか、どんどんかけ離れていくのです。
これには私も唖然としました。もちろん音大生のすべてがこの学生たちのようだと言っているのではありません。立派な学生たちもいる。すぐれた演奏技術やすぐれた耳を持つ人たちも多いでしょう。
しかし、小さな子供たちの可能性を見くびらず、本物の音を小さな時から聴かせるなら、現代のバッハやベートーベンはもっと増えるのではないだろうか?そう考えるのは、私の空想に過ぎるのか。少なくとも、音に対する感性は研ぎ澄まされ、奏でる音楽そのものがさらに豊かになるだろうに…。
それにしても、電子ピアノを調律しようとした例の"お父さん"。
できれば、次のようなお電話で、もう一度お話ししてみたいとおもう。
「今度はアコースティックのピアノを買ったので、調律をしたい。」
こんなお父さんなら、子供の小さな可能性の芽は、きっと育つにちがいない。
中村ピアノ調律工房
中村 (茨城県牛久市)
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●編集後記
こんにちは、編集者の新井です。
先日、某有名ピアノ修理&販売店におじゃましてきました。
ヤマハはもちろん、スタインウェイのDモデル、Cモデルなどのコンサートピアノがいっぱい。
ほんとに、いっぱいです。
たくさん弾かせていただき、もう、それはそれは幸せなひとときでした。
販売店の経営者の方、そしてスタッフのみなさん、ありがとうございました。
そこへは、知人の調律師といっしょにいきました。
ぼくがそこでピアノを弾いていると、その調律師が、
「力がはいっとらん。感情がこもってない。ヘタクソ!」
と、えらくかみついてくるのです。(笑)
まあ、”情熱系の調律師”ですから、しかたがない。
そのときさすがに、最近のピアノ練習不足を反省しました。。。
いま、3日で、30分くらい。(汗)
しかし、調律師Tくん、いい気になるな。
一言だけ言わせていただこう。
「おまえは、わかっとらん。いまは、わたしが開発したピアノ脱力奏法開発プログラムRS-3【練習をサボりながらピアニストの柔軟な指をつくるトレーニング】の試験中で、わたし自身が被験者。だから、いまは、無理に力んで大きな音をあえてださないようにしているのだよ、きみ。フフフ。」
それにしても、
サロン風のスペースに、スタインウェイのコンサートピアノ、そして空調設備。
自分にもこんな環境がもてれば、どんなにステキだろう。。。
このように、ますます妄想は膨み、はぁ・・・いつのことやらと、ため息がでるのでした。。。
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