【ピアノと調律】のメルマガ・バックナンバー 12年5月
管弦楽の奏者にふさわしいピアノ調律法ってあるの?
■今回のメルマガ執筆者
けんさんのチューニングショップ
平井 (熊本県熊本市) |
あなたのピアノに、今なされている調律とは違った調律法があるって、ご存知でしたか?
今回は特に、ふだん管楽器、弦楽器の演奏など、管弦楽に携わりながらピアノを利用している方に対して、参考になるお話をしてみたいとおもいます。
申し遅れました。『けんさんのチューニングショップ』平井が、お届けいたします。
ある日、「ピアノの音がおかしい」という連絡を受け、ユーザーさん宅へ訪問したことがありました。
いつものことで、調律してから時期がかなり経ってるか、部屋に置いてるオモチャが共鳴して雑音でも出てるんだろうな、と思いつつピアノを確認しました。
でも特におかしいところはない・・・
もう少し具体的に話を伺ってみると、
「何か変な音が混じる」「何度調律しても、調律した音自体が音痴」
というようなことを、どうやら娘さんが言うらしいのです。
(その時家にいらっしゃったのはお母さん)
さて、いったいこれはどういうことなのでしょう。
これは、いわば管弦楽器とピアノとの相性といったような問題だと、わたしは考えます。
娘さんだけが、調律した音が音痴だと思うとのこと。もう少し聞いてみると、家族の中で娘さんだけが他の楽器(管弦楽器)を演奏するとのことでした。娘さんだけが、部活でクラリネットを吹いていたのです。
このお宅の例のように、管弦楽器を演奏する方なら、管弦楽器とピアノの音は本来なにか合わない、と思ってる方は意外に多いのではないでしょうか?
理由には、2つあるとおもいます。
◆理由その1: 音程の幅の制限
管弦楽の合奏は、とても音程が豊かで幅があります。管弦をされる方なら「イントネーション」という言葉をよく聞くとおもいます。バイオリンをイメージしていただくといちばんよいですが、音の抑揚がとても豊かですよね。
時代や流派によって多少異なりますが、たとえば、音階が『ド』からはじまって『ド』で終わるハ長調では、『ド』に向かって上がっていく『シ』は気持ちやや高めの音程になることがあります。反対に『ド』から下降していくときの『シ』の音程はその音程とは違う、といった具合です。
それに対して、いうまでもなく、ピアノは1つの鍵盤からは1つの固定された音しか出ないのです。
ピアノの鍵盤の場合、音階が上へのぼっていこうと、下がっていこうと、『シ』の音程自体が変わることはありません。
◆理由その2: 調律師は、ピアノをピアノ用に調律する
音が固定されるからストレスを感じるということ以外にも、ピアノが音痴だと感じる理由があるはずです。
それはおそらく、ピアノが出す音自体が、何か聞きなれない不安定な音に聞こえるてくるのだろうとおもうのです。
調律師は、特別な要求が無い限り、ピアノの音を管弦用に調整することはありません。
では、調律師がふつう行う現代の調律とはどんな調律法かというと、『平均律』というものです。
詳しくは省きますが、オクターブの音を均等に12で割り振っていく音程のとり方です。数学的には、とても美しい調律法です。
この調律法だと、大抵の曲は転調・移調にあまり気を使うことなく無難に弾けてしまいます。
あまりみなさんには馴染みがないかもしれませんが、シェーンベルクなどの現代音楽にある無調・12音技法なども、もちろんオーケー。むしろ、これらの現代音楽は、この『平均律』が適しているとさえ言えます。
調律師は、この『現代調律(平均律)』をつかって、どんなピアノ曲でも無難に演奏できるよう、調律しているといってもいいでしょう。
でも、この何でも屋さん的な性格が、ある場合には、デメリットになることもある。この調律法、すなわち『現代調律(平均律)』だと、管弦とピアノという関係でみた場合、必ずしも気持よく「協和」しているとは言いがたいところがあるのです。
こんな理由から、管弦楽器に携わっている方が、おそらく違和感をもってしまうのではないか、と考えています。
■ じゃあ、管弦楽器奏者は、どうすればピアノに対して違和感がなくなるの?
ひじょうにざっくりとした分け方ですが、歴史的に行われてきた調律法を2つご紹介しましょう。
・『現代調律(平均律)』
・『古典調律』
『現代調律(平均律)』は、いまお話してきたものです。もうひとつ歴史的に行われてきた『古典調律』と呼ばれる調律法をご紹介したいと思います。
音楽史でいう古典派時代(モーツアルト、ベートーヴェンなどが活躍した時代)は、現代とは違った調律法によって調律が行われていました。
この古典派時代に行われていた様々な調律手法を、総称で『古典調律』と私たち調律師は呼んでいます。
私の経験からこの古典派時代の調律(古典調律)が、わりと管弦と相性が良いように感じています。
というのも、古典派時代は、ピアノだろうとオーケストラだろうと明確に楽器の境界を分けることをせず、作曲もされていたからです。
ですから、例えばヴァイオリンの各弦(の張り具合)も当時のピアノの音程に合わせられていました。(流派等による違いもあり、一概には言えませんが。)
また古典派時代の調律は、和音と旋律のバランスにも優れています。和音と旋律のバランスといえば、管弦はまさにそのバランスと豊かさが特徴ですから、ピアノとの相性も良いといえます。
ちなみに、古典派時代以前に「バロック時代」がありました。このバロック時代の調律の特徴を一言でいえば、和音の響き重視。バイエルやブルグミュラーなど、調性記号の少ない曲の場合、きれいに響かせることができる調律法が主流でした。逆に、調性記号が多い音楽には、不向きです。
また、古典派時代以後には「ロマン派時代」があります。ロマン派の調律スタイルは、協和と旋律を超えて、音の使い方の多様性に着目した調律法です。ピアノ用に理論的に調整された音程が多くあるもので、ピアノならではの表現を求めたいかにもロマン派らしい調律法です。
古典派時代の『古典調律』は、これら前後にあって、和音と旋律の調和がもっともとれた調律法という位置づけになっています。
■ 現状のピアノに不満のある管弦楽器奏者の方には、まず『古典調律』を
そんなわけで、私的には、現状のピアノに不満のある管弦楽器奏者の方には、まず『古典調律』を試してみることを、オススメします。
ただし、間違えないでいただきたいのですが、ここまでお話してきたことは、絶対にそうだとは言い切れません。特別に管弦用の調律があって、これなら完璧とはいかないのも事実です。
なにより、個々人には、音の好みや感じ方の違いがありますので。
ですから、ここでのお話は、あくまで参考にとめておいてください。
でも、もしここでのお話に興味をもたれたのなら、担当の調律師にご自身の演奏楽器やふだんから思っていること、感じていることを伝えた上で、『古典調律』にしてほしいと頼んでみてください。
一度は、試す価値ありだと思います。
さて、残念ながら冒頭のクラリネットの娘さんと話す機会は持てなかったのですが、それでも調律法を変えた(『古典調律』に変更)ことで、満足していただけたそうです。
このような経験もあって、今は、調律を行う前に「何か他の楽器をされてますか?」とユーザーさんに確認するようにしています。
ちなみに、私のピアノは、今は『古典調律(バッハ系)』にしてあります。その理由は、管弦を演奏するからではないのですが・・・
また機会があれば、ピアノ曲・音楽療法・音楽教育の観点からも、調律スタイルについてお話できたらと思います。
それでは、またの機会に。
〈雑談〉
もちろん調律師も音を聞く訓練をしますが、管弦の方は調律師とは違う音の聴き方・捉え方をします。ですから、管弦奏者の方の意見は、とても参考になります。
ある知り合いのフルート奏者の話によると、ドイツ製フルートは『古典調律』のほうが、そして国産フルートは『ロマン派調律』の方が音が取りやすいのだそうです。
けんさんのチューニングショップ
平井 (熊本県熊本市)
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