新品のピアノが意外にも鳴りが悪い理由とその時の対処法

ピアノの森・調律工房

ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
 森さん

ひょっとすると、あなたにも、思い当たることがあるかもしれません。

  • 新品のピアノの鳴りが悪い
  • タッチが重くて、弾きずらい

新品でピアノを購入された場合、かなり多くの割合で、実はこのような悩みをユーザーの方が抱えるケースが発生しています。

理由はいくつかあり、これからそれらについてお話していきます。それと同時に、そうならないようなピアノの選び方や、もしそういうピアノを買ってしまった場合の対処法についても、解説します。


鳴りを悪くする2つの原因

本当のことを言うと、新品のピアノにおきる問題は、メーカーなどの違いが原因で引きおこされるものなど、様々です。それらをすべてを、ここで取り上げるわけにもいかないので、今回は音の鳴りが今ひとつよくない点にしぼって解説します。

私は整音というピアノの音質を良くする作業に特にこだわって、毎日ピアノ調律や調整、修理の仕事をさせていただいています。

ですから、新品のピアノにもかかわらず、まともな音が出ないというユーザーの憤りと嘆きには、耐え難いものがあります。そして、ユーザーのあきらめには、販売方法に対して義憤すら覚えます。

まずはその疑問と悩みについて、ユーザーのみなさんと同じ立場から、わたしたちピアノ調律師、技術者は、しっかり答えていく責任があると思うのです。


原因その1、ピアノの響板に原因がある場合

ピアノの響板
  • 原因その1 ‐ 響板

新品のピアノの鳴りが悪いケース。原因の一つは、響板です。音が鳴る響板という板が、まだなじんでいないケースです。

弾き込むことで響板がなじんできて、しだいに鳴るようになってくるといったパターンです。

ただ、なじむと言われても、今ひとつピンとこないかもしれません。音響用語で「エイジング」という言葉があります。オーディオスピーカーなどの音響製品をより使用することで、音への変換効率を上げることを意味します。

同じような意味でピアノにも用い、それをなじむとわたしたちは表現します。ピアノを弾き込んでいくことで、弦のエネルギーを響板に伝える音の変換効率をより高めることができるということです。

エイジングについて調べてみると、スピーカーのエネルギー効率は大変低いとあります。ピアノの場合も、弦のエネルギー効率は大変低いと思います。エネルギーをいかに音に変えるか。その変換効率がよければよいほど、オーディオやピアノの音は良いということになります。

しかし、ピアノでいうそのようなエイジングが行われていないと、弾き手に今ひとつ鳴りが悪いと感じさせてしまいます。


原因その2、弦を叩くハンマーに原因がある場合

ピアノのハンマー
  • 原因その2 ‐ ハンマー

もう一つは弦を叩くハンマーに原因がある場合です。実は、私の経験から、こちらのほうがより直接的に影響を与える場合が多いと考えています。

例えば、鳴りの悪いピアノのハンマーを、よく鳴っているピアノのハンマーと交換するとします。そうすると、一発で今まで元気のなかったピアノが鳴るようになります。

また反対に、よく鳴っているピアノのハンマーを、鳴りの悪いピアノのそれと交換します。すると、一発で鳴らなくなります。

このようにすれば、すぐにハンマーが原因であることがわかります。


出荷時のハンマー調整のねらいとは?

みなさんは、ピアノの出荷時には、どのような調整がなされているのだろう、と考えたことはありますか?

ハンマーの調整が、わたしは最も重要だと考えているのですが、例えばそこの調整に関しては、みなさんのご家庭にある家電のように一律に同じである工業製品の出荷イメージとは、だいぶ違いがあるんです。なんとなく、想像できていましたか?

じつは、新品ピアノの出荷時のハンマー調整は、いくつかの意図があって行われます。大きく分けると、およそ以下の3つになります。

  1. ハンマーにあまり手を加えず、すぐに弾ける状態
  2. 少し弾いた時に音が本来の状態になるような調整
  3. かなり弾き込んだ時に、音が本来の状態になるような調整

これらのケースで、もっともよくあるのが、2番の「少し弾いた時に音が本来の状態になるような調整」にするです。

ピアノを弾いていくと、たいていハンマーが少しずつ硬くなっていくものです。それで、この場合、あえて出荷時にはハンマーを柔らかめに調整し、少し弾いた時にハンマーがちょうど良い硬さになるようにという意図があります。

実際、海外の某有名ピアノメーカーは、このような調整にこだわっているようです。メーカーによっては、3番のように「かなり弾き込んだ時に、音が本来の状態になるような調整」の仕方をしているケースもあります。

さて、上記の3つのそれぞれのパターンには、メリット・デメリットがあります。出荷時に1番の「ハンマーにあまり手を加えず、すぐに弾ける状態」にした場合、届いた当初はわりと気持ちよく弾くことができます。しかし、その後は悪くなるいっぽうです。

では、2番や3番のように、あえてそのピアノの自体の本来の個性を少し抑え、少し弾いたとき、あるいはある程度弾き込んだ状態の時に本来の音が出るようにするのがよいのでしょうか。

これは、最初はピアノを弾いていてもあまりおもしろくありませんが、だんだん音がよくなる楽しみを味わうことができます。

どういう調整が望ましいのかについては、ピアノのオーナーとなるユーザーさんしだいです。ユーザーさんが、何を望まれるのかがもっとも重要になるのは、言うまでもありません。


出荷時のハンマー調整後、ねらいどおりの効果は得られるのか?

さて、ここからがピアノの音色をこよなく愛するユーザーさんにとって、ほんとうに悩ましいお話になります。

3番の「ある程度弾き込んだ時に、音が本来の状態になるような調整」、で考えてみましょう。

もしあなたなら、その弾き込む期間が "3年" と言われたらどう思われるでしょうか? 3年も弾き込まないとハンマーが硬くなってこないような調整に、はたしてあなたなら納得できるでしょうか?

一口に3年といっても、一体どれだけ弾きこみ、そのためにどれだけエネルギーを注ぎ込めばいいのでしょうか。3年後の理想的な状態になる前に、息切れしてしまう方も、大勢いらっしゃるのではと心配になります。

しかも、ことはそう単純ではありません。ピアノという楽器は、とても不思議です。同じコンサートピアノでも、1年前と全然違う音がして、ハッとすることがあるんですよ! 経年変化や弾き方や弾く頻度で、当初と比べてかなり音が変わってくることも多いのです。

「初めは思ったような音が出なくても、弾きこんでいくうちに良い音になってきますよ」

こんなピアノメーカーの言葉を信じて、本当にそうなってくる場合もあるでしょう。しかし、2年、3年たってもそれほど変わらない場合もある。あるいは、弾きこんでいくうちに、良くなるどころか、逆に音が荒れてくるケースもあります。

さらに付け加えると、ユーザーさんそれぞれで、音の出方の好みが違うという複雑な問題もあります。つまり、正直に言いますと、3年後に、思い通りの音の効果が得られる保証はないのです。

愛しい人を3年間待ちわびていたものの、結局裏切られ、ついに理想のあの美しい人は現れなかった……。先を見越したハンマー調整には、そんなリスクも隠されています。


音が良くないと感じる時の音の2種類の傾向

出荷時に鳴らないケースについて、次はその音の傾向から、さらにお話をすすめていきたいと思います。

元々のハンマーのフェルトの状態、あるいはその調整の意図や仕方によって、音の傾向に違いがでてしまいます。音が良くないと感じる時の音の傾向には、およそ2種類あるとわたしは考えます。

  1. モコモコ
  2. キンキン

まず1つ目のモコモコしたこもった音のケースです。これは、打鍵点のフェルトが柔らかい場合が多いです。元々柔らかいのか、あるいは意図的に打鍵点付近に針を入れられてこもった音になっているのか、どちらかです。

すぐに明るい音を出したい場合はファイリングといってハンマーのフェルトの表面を削ることによって改善される場合があります。

2つ目のキンキンした音のケースは、打鍵点付近のフェルトが硬い場合が多いです。元々フェルトは硬いので、針刺しなどの整音をしていなければキンキン硬い音がする場合が多いはずです。

音を柔らかくしたい場合は針刺しの整音をしますが、打鍵点に深く針を入れられると、とたんにこもった音になります。そうではなく、ハンマーの打鍵点の周りを深く何回も刺すアプローチが、最善の結果を生むと私は考えています。

調律の針刺し

ベストだと考える針刺しのアプローチ例

これまで説明したとおり、新品のハンマーは、大体モコモコした音とキンキンした音の二つの傾向を持っています。上でお話した2つの整音の調整をミックスさせ、理想の音をつくっていきます。

ただここで、ピアノを実際に弾く方々にとって、音質に関するとても重要な点をひとつお伝えしたいのです。

それは、こもった音 ≠ 柔らかい音 という点です。具体的に、違いをお伝えします。

  • こもった音
    音の強弱が出しにくく、ピアニッシモは曇り、フォルテシモはつまった音になる。音が響きに埋もれる。音楽表現の幅が狭められ、演奏者にとって過度のタッチコントロールを強いられる。ハンマーの打鍵点に針を深く入れるとこのような音になる。
  • 柔らかい音
    ピアニシモからフォルテシモまで柔軟に対応できる。ピアニッシモは明快でフォルテシモは音が割れずに迫力のある音になる。音が響きに溶け込む。音楽の表現力の幅が広がり、演奏者のタッチに対してピアノが柔軟に反応してくれる。ハンマーの打鍵点の周りに放射状に深く針を刺すとこのような音になる。

ですから、整音する場合は、柔らかい音になるような作業をすることが、音楽を表現する上において、いかに重要であるかということはわかっていただけると思います。しかし、出荷時のピアノ調整について言えば、現状は、まだまだ多くが、モコモコとこもった音になっていると感じます。

ちょっと余談になりますが、ヨーロッパに旅行して現地のピアノ店にも行ったことがあります。日本のピアノもけっこう置いてありました。

日本のものと比べて柔らかい音がするものが多いと思いました。ヨーロッパ人には、キンキンする傾向の音は、あまり好まれないような気がします。

以前、某ピアノメーカーの整音部門の若い技術者から、それとなく聞いたことがあります。

「日本国内のピアノ、ヨーロッパへ輸出するピアノには、それぞれ国の好みに合わせて別の整音をする」

これが、どこまで本当で、今もそうなのか、あるいは実際にいくつの地域ごとで行っているのかなど、私には定かではありません。

ただ、同じ料理でも国民性に合わせて味付けを変えることはよくあります。ピアノの場合、この味付けにあたるのが、整音という作業です。ですから、たとえ同じ新品ピアノであっても、出荷前の整音作業によって違うテイストの音づくりになっていたとしても、不思議ではないと思います。

海外を訪れ、日本の同じメーカーのピアノと比較しながら、現地のピアノを実際に弾いてみて、そのことを強く感じました。


自分が思い描いた音とは違うトラブルを未然に防ぐ方法

ここまで、新品ピアノの出荷時の音作りには、メーカー側のどんな意図があるのか、またその音の傾向にはどういったものがあるかについてお話してきました。ただ、その時のピアノの音色に対して、多くのユーザーさんが不満を持つことは、冒頭にお話したとおりです。

ここではまず、自分が思い描いていた音と違うピアノがやってくるトラブルを未然に防ぐため、どうすればよいかについて具体的にお話しいたします。

まずは、買う段階で必ず試弾することです。様々なメーカーのピアノを、実際にいろいろ弾いてみましょう。特に新品の場合、同じメーカーで機種が同じでも、1台1台みな違う音がします。そして、そうやっていろいろ弾いているうちに、自分の好きな音の傾向も、自分でわかってくるものです。

もしそういった経験がないと、同じ機種のピアノなら展示品と同じ音がするだろうと思いこんでしまうかもしれません。ところが、いざ工場からピアノが届くと、音が全く違っていた!なんてことは、おおいに考えられます。ここに車の購入との大きな違いがあります。

買う店の雰囲気や営業マンの雰囲気に呑み込まれない冷静な心構えも必要です。店の環境と家の環境は違うので、それを見越したピアノ選びも必要です。

また、こんなケースもあります。営業マンがピアノを用意してくれたけど、そのピアノはあまりしっくりこなかった。けれども、せっかく用意してくれたので、買ってはみたものの、やはり家に収めてもしっくりこず、後々後悔した。

いくら営業マンが良心的でも、そのピアノ自体に今ひとつ関心を持てなければ、キッパリ断る勇気も必要です。高い買い物だけに、そして今後何十年と使う物だけに、慎重になりたいものです。一度家に帰って頭を冷やし、じっくり考えた上でそれでも買いたいというピアノでしたら、本物でしょう。


自分が思い描く音とは違うピアノを買ってしまった場合の対処法

今度は、購入してしまった後、ピアノの音に不満がある場合の対処法です。大切なのは、「まぁ、こんなものか……。」と、あきらめないことです。

まず第一に、そんな時は直接販売店やメーカーに相談しましょう。「弾いていくうちに良くなってきますよ」「返品はできません」などと言われて押し切られてしまう場合もあるでしょうが、大手のピアノメーカーはお客様のクレームに対応する体制も整っていると思いますから勇気を持って相談しましょう。

もしも販売店から思ったような対応をしてもらえなかった場合、音を変えることができる、つまり整音ができるピアノ調律師、技術者を探してみましょう。最近はネットでもピアノ技術者を検索できるようになり、技術者の選択枠がかなり広がったと思います。

人によっては、ネット上の発信はいまひとつ信用に欠けると思われている向きもまだまだあるようですが、信念を持って技術をアピールしているピアノ調律師、技術者も多くいます。

ユーザーさんにとっては、ネットでアピールしている多くの技術者の中から、自分にぴったりの技術者を見つけることは、確かに大変なことかもしれません。もし選んだ技術者が合わなかったら次に別の技術者を探すセカンドオピニオン、サードオピニオンという方法もありますが、一度調整したハンマーは基本的に元には戻せないので、技術者選びは慎重にしましょう。

もし不安があるようでしたら、その技術者が実際に調整したピアノを見て、判断してみるのもよいと思います。


ピアノを改善するには、調律師、ピアノ技術者の人間性も大切

なお、セカンドオピニオンについてですが、次に来た技術者が前に来た技術者のことを、あまりにも悪く言い過ぎることがあります。

どんな技術者でも自分の持っている技術を駆使してユーザーさんに満足してもらおうと必死です。ピアノを悪くしようなどと考える技術者なんて誰一人としていません。もし次に来た技術者が、前の技術者の調整が至らないと思ったら、それをユーザーの方に喜んでいただけるように改善すればいいだけのことです。

もっとも、このような悪く言い過ぎる技術者の特徴として、前の技術者が解決できなかった技術的な問題を、あんがい”技術的”に解決していない場合も多くあります。

そういったことから、必要以上に前の技術者を攻撃するような態度を示すような技術者であれば、長い目で見た場合、避けたほうが無難かもしれません。

技術者以前に、人としてあまりに良識がなかったり、誠実さに欠ける場合、その後のピアノ調整にも、不信感がつきまとう可能性が高いからです。また、そういった人は人格の問題だけでなく、技術に対しても謙虚に学ぶ姿勢が乏しい場合も多く、実際に恣意的な判断でその後の調整をされ続けるリスクもあります。

技術レベルだけではなく、人としてどう見えるかというのも、ずっとお付き合いしていく上で、案外重要なポイントになると思います。


ピアノは一生もの

以上、新品ピアノのハンマーの調整の仕方、それによる音質の違い、そして新品ピアノを買う際の選び方やその後のケアの面で気をつけていただく点についてお話しいたしました。これからピアノを購入される方々が、音質の面からピアノ選びに失敗しないよう、私の経験と知識が参考になれば幸いです。

ピアノは、一生もの。

それに、言うまでもなく、ピアノは外見だけピカピカで美しければそれでいい、というわけではありません。あなたが、虎の子のように大切にしたいと思えるような、美しく響いてくれるピアノと出会えることを願ってやみません。

【 今回の記事の執筆者 】
ピアノの森・調律工房

ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
 森さん



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