調律師が変わると音が変わる? 四回シリーズ 第三回

    2011年7月
執筆: ピアノ調律師  中澤
雄飛企画 (神奈川県横須賀市)

調律師によって、同じピアノでも音が変わることもある。あなたは、ご存知でしたか?今回は、四回にわたって、その辺りの微妙さ加減について、語ってみたいとおもいます。



【第三回】 まさか、うちのピアノがスタンウェイ風に?の巻


>>> 【第一回】 調律師が変わると音が変わる?の巻

>>> 【第二回】 えっ!ジャズ用の調律ってあるの?の巻

>>> 【第四回】 あれ?こんなことで響きって変わるんだ!の巻



■登場人物の紹介

中澤…
社交的でしっかりしているように見えるが、実は天然なところがあり何も考えていなかったりする。ただ、音楽について語りだすと熱くなる。ピアノの音色、音楽性、音の広がりにこだわりを持っている。子供のころから音楽とダンスが大好きなアラサー女性調律師。

黒須さん…アラフォーのマダム。フラワーアレンジメントの講師で子供はいない。子供のころピアノを習っていたがバイエルで辞めてしまった。最近やっと生活にゆとりができ、趣味で再びピアノを習い始めることに。音楽を聴くことも好きで、よくクラシックやジャズのコンサートに出かける。モーツァルトのキラキラ星変奏曲が弾けるようになるのが小さな目標。





黒須:調律ごくろうさまでした。お茶でもどうぞ。

中澤:ありがとうございます。

黒須:ところで、さっきお話していたピアノの音がスタンウェイになるってどういう事かしら?

中澤:えぇ、正確にはスタンウェイ風なんですが、ピアノの調律には整音もしくは整調という作業があります。

黒須:それは調律と違うんですか?

中澤:はい。調律は弦を周波数に合わせていく事ですが、整調は音の雰囲気を変えていく事なんですね。

黒須:雰囲気…ですか。

中澤:柔らかい春の日差しのような音、とか硬い冷たい空気のような音とか、そういった雰囲気です。

黒須:その違いは、弦ではないんですか。

中澤:確かに弦を違うメーカーに変えるだけでも、音はかなり変わります。でも、全部の弦を変えるとなると、けっこうな金額になります。ですので、もう少しお手頃な方法として、弦をたたくハンマーを調整するんです。ピアノのハンマーは、演奏者がキーを叩いた動きを弦に伝える働きをしますが、このハンマーの先はフェルトでできているんです。

黒須:そうなんですか。

中澤:フェルトは羊毛を圧縮して固めたものですから、弾いていくうちに硬くなってしまうんです。そうすると音も硬くなっていきます。

黒須:それは知りませんでした。でもそれって、ピアノは少しずつ音の硬さが均一ではなくなってしまう、ということですか?

中澤:そうなんです。よろしければもう一度ピアノの中をお見せしますが、ハンマーのフェルトの部分は、まぁるいオーバル状になっています。ですが、ここで弦をたたくと、弦に触っている部分だけがへこんできます。ですから、3本弦のところは3本線がついてしまうんです。それで、かなりへこんでしまったものは一度ファイリングという処理をします。

ハンマー
綺麗なハンマー
溝ができたハンマー

黒須:ファイリングですか。

中澤:やすりのようなもので、ハンマーの表面を均一に削るんです。そうすると溝が消えてきれいなカーブに戻ります。

黒須:でもそれってハンマーが小さくなってしまうんですよね?

中澤:その通りなんです。ですから、弦を打弦するポイントが変わってきてしまうので、他にも少し調整を必要とする時があります。

黒須:でもハンマーが全て柔らかくなったら、音も柔らかい音に変わってしまうんですよね?

中澤:えぇ、そうなんです。ですから柔らかい音質のピアノがお好きな方はハンマーをファイリングするか、もしくはニードリングと言って、ハンマーをニードルのような先の鋭いピッカーでフェルト部分を数十回~数千回刺して、音を柔らかく変えていく方法もあります。ただし、ものすごく時間がかかる作業なので、弦の張り替えよりは安いと言っても、ほぼ1日がかりの仕事になります。もちろん、ピアノを1台買うほど高額にはなりませんが、費用はかかります。音質にご不満があれば、試されるのも良いかもしれません。ただ、けっこう面倒な作業ではあるので、調律師によってはやりたがらないかもしれませんが…。

黒須:そのうちまた硬くなってしまうなら、本当に遊び心でやってみる、という感じかもしれませんね。

中澤:まぁ、そうかもしれませんね。オーストリアのベーゼンドルファーのような柔らかい春の日差しのような優しい音がお好みの方は、こういった方法を試してみると面白いかもしれません。どちらにしろ、ベーゼンドルファーの使っている材木や製法が他のメーカーと違いますから、ベーゼンドルファーっぽい音になるとしか言いようがないのですが…。

黒須:なるほど。では、スタインウェイ風というのはどういう感じなんですか?

中澤:スタインウェイは、乾いたカラッとした冬空のような音ですから、 逆にハンマーを少し硬くします。それにはアイロンを当てるという方法ですが、これも手間暇がかかるので、道楽程度に試してみると良いかもしれません。

黒須:どちらにしろ、かなり手間がかかるんですね。でもそういう知識を知らなかったので、話が聞けて面白いです。でも、なかなか調律師さんにいちいち依頼してやっていただくまとまった時間もないですし、なにかもっと簡単に音の違いを楽しめる方法ってないですか?

中澤:そうですね~。じゃあついでなのでちょっと試してみましょうか。




次回につづく






執筆:中澤 
雄飛企画 (神奈川県)