フランス料理のように豊かなピアノの響きをつくる秘訣とは(2)
ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
森さん
第2回フランス料理のように豊かなピアノの響きをつくる秘訣とは
音の響きが良い状態と悪い状態
前回から、ピアノの修理・調整の中でも「音の響きのクオリティ」を高める作業、すなわち「整音」をテーマについてお話しています。
高度な「整音」作業によって、「音の響きのクオリティ」を高くコントロールしつつ、そこに個性(調律師やそのピアノ本来の個性)を伴った豊かな響きをも表現することができます。
「整音」は、そのようにピアノの音色を豊かにするために必要な作業ですが、意外にも「弾きやすさ」と関係があります。
前回はこのような内容をお伝えしました。
今回は、「音の響きのクオリティ」が高い低いとは、具体的にどういう響きの状態なのか。
そして、「整音」作業をきちんと行うと、なぜ弾きやすくなるのかについて、お話していきたいとおもいます。
わたしは、ピアノがすばらしく豊かに響く状態を、よくフランス料理に、そしてその反対に響きが良くない状態を、インスタント食品(レトルト食品)にたとえます。
味覚にたとえることで、とらえどころのない音の感覚をより具体的なものとして感じてほしいからです。
また、料理の中で調味料など味を整える作業と意味あいが、ピアノ修理・調整での「整音」の音を整えるそれに、とてもよく似ているからでもあります。
「整音」が上手くいけば、まるでお店で食べるフランス料理のように豊かな味わいの響きにもなるし、もし失敗すれば、それとは似て非なるフランス料理風インスタント食品(レトルト食品)のようになってしまう。
似たような素材を使っているのに、ソースからして何か違うと感じてしまう、とても微妙な感覚の違いです。
しかし、料理では食材やソースなどを調合する時の微妙さ加減が、その「クオリティ」に大きな影響を与えます。
「整音」も、様々な音を調合するときの微妙な感覚が、「音の響きのクオリティ」に大きく影響するのです。
これは、あくまでたとえであって、感覚遊びです。でも、そうやって音の感覚を味覚に変換すると、音色の良し悪しというぼんやりした感覚も、よりつかみやすくなるはずです。
ですので、音色のご説明をする前に、あなたのお好きな最高の品質の料理ならなんでもかまいませんので、思い浮かべてみてください。
もしフランス料理なら、最高においしい肉と野菜のポトフなどを、ちょっと思い浮かべていただけるとよいとおもいます。
クオリティの低い音色の特徴
それでは、まずはクオリティの低い音色の特徴からです。
- 高音部が思ったように鳴ってくれない。
- タッチが重い。
- フォルティッシモ(とても強く)が思ったようにでない。
- ピアニッシモ(とても弱く)がこもる。
- 特に高音部がキンキンした音を出す。
- フォルティッシモが割れるような音になる。
- 弱く弾いても、ピアノニッシモにならない。
こういった特徴があります。
ピアノを弾く頻度にもよりますが、だいたい新しいピアノでも、3年以上経ってくると、このような症状が目立ってきます。
当然、毎年「調律」だけをしていても、改善しません。
クオリティの高い音色の特徴
では、こんどは最高においしいと感じるフランス料理の味わいのように、クオリティの高い音色になっているときは、どのような特徴があるでしょうか。
おおよそ次のような音色や状態といえるでしょう。
- 高音部が良く鳴る。ただし、決してキンキンした音ではなく、鐘が鳴るような輝かしい音。
- タッチが良いと感じられる。
- 中音部の音は柔らかいが、決してこもっておらず輪郭がハッキリしている。
- フォルティッシモが十分にでる。しかし、決して割れた音ではなく、広がりと伸びのある音である。
- ピアニッシモがハッキリきれいに出る。そのため、どんな状態でもメロディーラインをハッキリだしやすい。
それぞれ特徴の主だったところを、列挙してみました。
音色のクオリティは、ピアニッシモで見極める
中でも特に、ピアニッシモ(とても弱く)の音がどうでているかが、見極めやすいポイントだとおもいます。
ピアノの修理・調整、特に整音という作業によって、ハッキリしたきれいなピアニッシモがでている状態なら、ピアニッシモでメロディーを奏でるとき、メロディーラインが全体の響きに埋もれることなくハッキリと浮きでます。
また、そういう状態なら、全体としてフォルティッシモで演奏したとしても、メロディーラインがハッキリするので、左手の伴奏部分に負けないようになります。
たとえば、メロディーが弱い音でもきれいにくっきり聴こえるときのイメージに近いものとしては、モーツアルトのこんな「ピアノソナタ」が参考になりそうです。
●モーツアルト/ピアノソナタ11番 イ長調 第1楽章 K.331
「ショパン 別れの曲」は、冒頭から、中音部のメロディーラインに対して、他の伴奏部は弱く響かせる必要があります。そこに注目して、聞いてみてください。
●ショパン別れの曲
いかがでしょう。
弱い伴奏に対して、メロディーラインが浮き立っている感じが、おわかりでしょうか。
中高音部、フォルティッシモで、音色クオリティを見極める
その他、中音部のやわらかさと輪郭、高音部の鳴り、そして、広がりと伸びのあるフォルティッシモも、音色のクオリティを見極めるためのポイントです。
たとえば、以下でご紹介する「リスト 愛の夢」では、冒頭の中音部のメロディーにまず注目です。やわらかいですが、決してこもってはおらず輪郭がハッキリしています。
そして、中間部では、高音部がよく鳴っています。ただし、決してキンキンした音ではありません。まさに、鐘が鳴るような輝かしい音になっています。
同じく中間部のフォルテの部分では、フォルティッシモが十分にでています。しかし、決して割れた音ではなく、広がりと伸びのある音です。よくお聴きにになってみてください。
ちなみに、最後の部分ですが、高音部の伴奏型ピアニッシモが、ハッキリきれいに出ています。これは、先にお伝えしたピアニッシモがきれいに響いている点に注目です。
※お聞きになるモニター環境によっては、十分な音質が得られない可能性もあるので予めご了承ください
●リスト 愛の夢第3番
もし「整音」作業が上手になされ、音色のクオリティが高い場合、こういったモーツアルトの繊細なソナタや、リストの愛の夢、別れの曲などを弾いたとき、おそらく奏者はすごく弾きやすいと感じるはずです。
なぜなら、どんな曲を弾いてもメロディーラインをハッキリだしやすい状態になっていれば、腕や手、指に無理な力を入れることなく、そのメロディーラインを自然にきれいに響かせることができるからです。
両手の音の強さや音色を自由に表現できるので、奏者には弾いていてとても楽しいピアノだと感じられます。(ただし、音色のニュアンスや幅は、そのピアノ本体がもっている材質などの潜在力によって異なります。グランドピアノかアップライトピアノかでも違います。)
音色のクオリティと弾きやすさの関係
さて、上でそれぞれ挙げたクオリティの高低の特徴の中で、鍵盤の「弾きやすさ」にふれたものがありました。
音色のクオリティの低い場合、はこれです。
・タッチが重い。
そして、高い場合です。
・タッチが良いと感じられる。
いずれも、鍵盤を弾いたときの指のタッチの感触についてです。
ではなぜ、ピアノの修理・調整の中で、ハンマー自体を触るだけの「整音」という作業によって、このように感じ方に差がでてくのか、お話します。
たとえば、「整音」がきちんとなされておらず、音色のクオリティが低い状態のピアノがあるとしましょう。そのピアノで、フォルテ(強い音)を出そうとします。しかし、自分の思い通りにフォルテがでません。
そうなると、通常フォルテをだす時の力以上に、強く鍵盤を押してフォルテを無理やりだそうとします。
10の力で本来でるべき音が、20の力で押さないと出ません。
そうなると、弾いているピアノ奏者の感覚でいうと、重い鍵盤を押しているのと同じになります。
ハンマーの状態が悪くなる、すなわち「整音」がきちんとなされていないと、音色だけでなく、弾く時のタッチ感覚に影響して重く感じたりするのには、このようなわけがあったのです。
しかしそれでも、20もの余分の力で思ったようなフォルテがでるのなら、まだ良いほうとしなければなりません。
ハンマーの状態が自然に悪くなったところへ良くない「整音」を施すと、望むようなフォルテをだすことさえ、ほぼ不可能になります。
このように、泥で汚れたところへさらに泥を塗るようなことになると、どんなに指や腕に力がある演奏者でも、望むフォルテをだすことはもはやムリです。
何より、こんな状態でピアノを弾いていては疲れます。(調律していても疲れますが)
腕に負荷が掛かり過ぎるので、最悪になると、腕も痛くなってくるかもしれません。
音の響きの良し悪しを感じるのは、意外とむずかしい
「音の響きのクオリティ」が高いのか低いのか、あるいはタッチ感は良いのか悪いのかについては、なかなかわかりにくものです。
どうしてかというと、自分がいつも弾いているピアノの状態は、徐々に悪くなるからです。
ですから、虫歯と同じである程度症状の悪化が進行している状態では、本人が気づきません。しかしその後、相当悪化すると、明らかにおかしいと感じるときが何かのきっかけでやってきます。
ピアノの修理・調整の中でも、「整音」という作業の必要性が理解されにくいのは、そこにありそうです。
もし鍵盤が一本沈んだままで上がってこないといった症状の場合なら、ピアノの修理・調整の中では「整調」という作業なります。
これは、鍵盤とハンマーがつながる機械じかけの部分を直したり調整したりしますが、ここを直すと沈んだままの鍵盤がちゃんと元通り動くようになります。これなら、わかりやすい。
でも「整音」の場合には、上でお話した理由から、すぐに必要性を感じないのです。
ただ、そうはいっても、やはりピアノを弾き続けていれば、最終的に音や音色のクオリティは必ず劣化します。
ピアノが納品されたときは、最高のフランス料理を楽しめていたのかもしれませんが、毎日食べているうちに、いつの間にかフランス料理とは別物のインスタント食品を食べることに慣れてしまっている(この慣れは、けっこう怖いかも)
わたしは多くのピアノの修理・調整に関わってきましたが、そんな状態になってしまっているピアノを多く見てきました。
わたしのようなピアノの専門家からみると、このピアノは、う~ん……、ちょっと本物のピアノとは違うぞ、という感覚になります。
ピアノの修理・調整の中でも、特に「整音」は、今までお話してきたように、ピアノの命である音や音色を決める大きな決定権をもっているのです。
次回は、良い「整音」と悪い「整音」を比べたとき、実際の「整音」作業のやり方にどんな違いあるのかについて、お話する予定です。
【 今回の記事の執筆者 】ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
森さん
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