調律だけでは不十分! 心地よいタッチになるための3大要素(1)

ピアノの森・調律工房

ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
 森さん

ピアノのタッチを良くする。カンタンそうに感じるかもしれません。

しかし実は、様々な観点からピアノ全体のチェックする必要がある、とても奥が深いことなのです。


心地良いタッチにするには、調律だけでは不十分

「心地よいタッチにするためには、調律だけでは不十分」

このことは、ピアノの修理や調整について、多少の知識をお持ちであれば、ご存知かもしれません。

そのような方は、

「調律の他に、整調が必要なのでしょう?」

と、次に頭に浮かぶことでしょう。

「正解です」

「整調」とは、ピアノの良いタッチ感を作り出すため、ハンマーや鍵盤の動きについて修理・調整することを言います。

では、「整調」について、具体的にどんな修理・調整をし、鍵盤がどのような状態になれば、すばらしいタッチ感が立ち現れるとおもいますか?

今回は、この問いについて、具体的かつわかりやすくお話していこうとおもいます。

「え、そんなところで、ピアノのタッチ感って決まっていたんだ!?」

と、きっと驚かれる方も多いでしょう。


心地よりタッチ感をつくりだすための3大要素とは?

心地よりタッチ感をつくりだすために必要な1つめの要素は「整調」でした。

では、残りの2つの要素はなんでしょうか? 次の3つが、その3大要素です。

  1. 整調
  2. 整音
  3. ピアノの構造

1つ目の「整調」とは、先にご説明したとおり、鍵盤からハンマーまでの機械のカラクリがスムースになるよう修理、調整して、弾き心地をよくする作業です。

2つ目の「整音」とは、ハンマーに調整を加えることで、ピアノの音質を整えることを言います。

3つ目の「ピアノの構造」とは、どんな材料でどのように組み立てられているか、といった材料や設計のことです。

では、順に説明していきます。


整調で心地よい鍵盤のひっかかりをつくる

心地よいピアノタッチにするために「整調」を行います。

「整調」について理解してもらうために、まずは理想的な鍵盤の状態と動きについて、知っていただきたいとおもいます。

それでは、どんな理想をもって調律師は整調の作業をしているのか、その頭の中のイメージについて、これから説明します。

もし、近くにピアノがあれば、実際に鍵盤を触りながら、読み進んでみてください。手の感触から、実感をもって理解がすすむとおもいます。


ではまず、中音付近の鍵盤を音が出ない程度にゆっくり押してみましょう。

鍵盤を押し始めるとすぐに第1回目の何か引っ掛かるような抵抗を感じる地点があります。

そのまま押し続けると、次に第2回目の引っ掛かる地点があります。この2回の引っ掛かり、これこそがピアノのタッチにおいて重要な点です。

この引っ掛かりが鍵盤を下まで押す途中のどの地点で現れるか、それによって、タッチに大きな変化が表れます。

例えば、1回目の抵抗が早い段階で現れるとそれだけ抵抗が大きくなるので、タッチが重いと感じるようになります。

また、2回目の抵抗が早く現れると、タッチがフワフワした感じになります。

この2回の抵抗感をどうつくるかが、ピアノタッチにおいて、もっとも重要な1つ目のポイントなのです。


整調では部品の劣化に注目

先程の抵抗感に次いで、ピアノタッチに変化を引き起こすもう1つ大きなポイントがあります。

それは、パーツ、部品の経年変化です。

部品には、当然重さがあり、その部品に使われているスプリングの強い弱いがあります。

しかし、それらがずっと一定であるわけではなく、時間の経過とともにそれらが変化して、鍵盤の重さも変わっていきます。

ピアノを使い込んでいくと、部品どうしの摩擦によって、部品が磨り減って摩擦が少なくなってきます。また、スプリングが弱くなったりします。

こうなると、元々の標準の重さよりも、タッチが軽くなってしまうのです。そしてさらに、これらの変化は弦を叩くハンマーのスピードにも影響するので、音色にも変化を引き起こします。


鍵盤を超ゆっくりで弾いて確かめる

このような鍵盤の動き、そして状態の変化は、早く弾いた時にはわかりにくいとおもいます。

あくまで超ゆっくり鍵盤を押した時にだけ、感じることができます。

ならば、それほど重要ではないのでは? と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、決してそんなことはありません。

超ゆっくりで弾いてみるのは、あくまでも鍵盤の構造を指の感触でとらえるための手段にすぎません。

超ゆっくりで弾いてみた時と速く弾いてみた時で、それぞれ手の感覚は、たしかにずいぶん違います。

速く弾いた時に抵抗が2つあるかないかなんて、感覚的にはふつうわからないとおもいます。

そのため、頭の中で同じ鍵盤だという知覚のつながりが持ちにくくなるのではないかとおもいます。

しかし、いうまでもなく超ゆっくり弾いた時の鍵盤の構造と、速く弾いた時のそれは、まったく同じ1つのものです。

ですから、道理として、超ゆっくり弾いたときの構造と感覚が、速く弾いた時のそれらに影響を与えないはずはありませんね。


電子ピアノを弾いて確かめる

ここで、電子ピアノを思い浮かべてみてください。

もしお近くに電子ピアノもあるなら、生のピアノ(アップライトピアノ、グランドピアノのこと)と同じ箇所の鍵盤をゆっくり押してみて、よ~く感触を比較してみてください。

おそらく、明らかに違う、あるいは似ているけど、微妙になにか違うと感じられたに違いありません。

最近の電子ピアノは、鍵盤のタッチについても、弾いたときの感覚がより生のピアノに近くなるように設計されています。

しかし、電子ピアノのタッチには、基本的に上でお話したような生のピアノに特徴的なこのひっかかりがありません。(ただし、一部高級機種で鍵盤自体が木でできているようなものや、1番目のひっかかって抜けるような鍵盤感覚、つまりクリック感を実現し、より生のピアノに近づいているものもあります。)

そのため、フワフワしたようなタッチとなり、どうしても本物の生ピアノとは隔たりのあるタッチになってしまうのです。


鍵盤の沈む深さ、揺れに注目

鍵盤のひっかかりと部品に続く、タッチ感を決める3つ目の大きなポイントとして、鍵盤の沈む深さがあります。

これは、じつはひじょうにタッチ感に大きく影響するのです。

一般的に、鍵盤の沈む深さは、10ミリより少し深めのピアノが多いようです。浅いと軽やかなタッチとなり、深いと重めのしっとりとしたタッチになります。

また、鍵盤の横への触れ幅も、タッチに影響してきます。鍵盤を底まで下げた状態で横に何回かずらしてみて大きく振れるようようなら、鍵盤を下で留めているフェルトが磨り減ってきています。そのため、軽いタッチ感となります。

ご説明しましょう。

下の写真は鍵盤を下から見た写真ですが、赤い部分がフェルトで、このフェルトのところにピンがささって鍵盤が左右にぶれ過ぎないように、通常はなっています。

しかし、下の写真のように、この赤いフェルトが、使用しているうちに削られて、磨り減ってきます。(写真では、ちょっとわかりづらいかもしれませんが)

すると鍵盤が大きく左右にぶれるようになり、摩擦が少なくなります。その結果、タッチが軽いと感じるようになるのです。


整調は、鍵盤が上下する一瞬が勝負

このように整調とは、具体的には鍵盤のひっかかりと部品、そして深さを最適に調整すること、つまり、鍵盤の上から底へ動かす間、いかに指に加わる抵抗を整え、各鍵盤でそろえるかなのです。

指で鍵盤を弾くとほんの一瞬ですが、整調の仕事とはその一瞬にすべてをかけることです。そのわずかな時間に、複雑な鍵盤構造すべてが現れるからです。

そしてそれは、鍵盤の重さの感じ方、タッチの心地よさと密接にかかわってきます。電子ピアノにはないピアノのポロンポロンとした心地よいタッチは、この鍵盤を押す途中の程よい指に加わる抵抗によって、作り出されるのです。

そのままの部品を活かせる場合はそれを活かし、あるいは時には部品を交換し、心地よいタッチ感を目指して、調律師は修理、調整していきます。

第2回につづく

【 今回の記事の執筆者 】
ピアノの森・調律工房

ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
 森さん



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