調律だけでは不十分! 心地よいタッチになるための3大要素(2)
ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
森さん
第2回 心地良いタッチになるための3大要素
整調がすべて?
では、整調でピアノのタッチは自由自在に変えることが出来るのでしょうか? 実はそれがすべてではありません。
ピアノのタッチを決める要因には、まだ他の重要な要因があるのです。
それが、ここち良いタッチ感になるかどうかを決める2つめの要素である「整音」です。
音質の調整である「整音」が、なぜ鍵盤の弾きごこちを決めるメカニックな部分と深く関係しているのか?
それについて詳しくは、以前の特集記事でお話しました。ですから、そちらに譲ることにいたします。
※特集記事【ピアノの修理】 フランス料理のように豊かなピアノの響きをつくる秘訣とは?
ここでは、それについてかんたんにお話いたます。
「整調」とは、すでにお話したとおり、主に鍵盤を弾くことでハンマーがうごく機械のしくみを適切に整えてあげる作業です。
一方で、「整音」というのは、ハンマーを調整することで、音質を改善する作業のことをいいます。
ですから、鍵盤の弾きごこち変えたり、調節したりするのは「整調」に関わることで、「整音」とは関係ないだろう、と考えるのは当然のことです。
整音がなされないことによる悪影響
しかし、実際にはそうとは言い切れないことが、ピアノを長年弾いていると起こってきます。
たとえば、ピアノを長年弾いていると、ハンマーが摩耗したり硬くなったりして、状態が必ず悪くなってきます。
そうすると、症状としていろいろでてくるわけですが、ピアノの音量がでにくくなる、といったことも起こってきます。
そうなると、フォルテシモをだそうとした場合、通常より力を込めて鍵盤を押すことになります。
これは、無意識にやってしまうので、弾いている本人はなかなか気づきません。フォルテシモを弾くとき、かなり余分な力を入れ、力んで弾いている、といってもよいでしょう。
でも、そこで、そのハンマーの状態を改善して良くしてあげるとします。
そうすると、音の出方が本来にもどりますので、そんなに力まなくてもフォルテシモがガーンとでるようになります。
また、長年正しい整音がされてこなかった場合、音がキンキンして荒れた品のない音、響きになってくることもあります。
そのとき、自分が出す音が冴えないことから、弾き心地も悪いという感覚を知らないうちにもってしまいます。
しかし、もし正しい整音をすることで音質を改善してあげれば、品格のある音が蘇えり、自然なタッチ感をもとりもどすことができます。
このように、「整調」ではなく、「整音」という音質を改善してあげることで、弾きごこちも劇的に変わってくることもあるのです。
こういった例からわかるように、「整音」は弾きごこちというメカニック的な要素と密接に関わっているのです。
調律師と演奏者の永遠のすれ違い
実際にピアノの修理や調律で現場に伺うと、タッチを軽くしてほしい、あるいは重くしてほしいと、ピアノ講師の方をはじめ、ピアノをより良い状態で演奏したいという演奏者の方からご要望を多くいただきます。
「整調」でも、タッチの重さはある程度変えることができます。ですから、一般的に調律師、ピアノ修理技術者は、要望に合わせて「整調」します。
そして、ピアノ演奏者に、得意気にこういいます。
「かくかくしかじかで、調整が終わりました。タッチが軽くなりましたよ!」と。
ピアノ演奏者の方が、
「そうですね、変わりましたね!」
と言ってくれれば、調律師やピアノ修理技術者は大満足なのですが、一概にそうとは言い切れないケースも多いのです。
演奏者の方のけげんそうな顔をみると、調律師やピアノ修理技術者は、
「いや、かくかくしかじかの調整をしたのですから、タッチは絶対軽くなっているはずですっ!!」
と、あわててまくし立てます。
こんなふうに、演奏者の方と調律師やピアノ修理技術者で、噛み合わない場面もでてきます。
なぜかというと、先ほどからお話していることと関係しているからです。
つまり、タッチ感が悪くなっている場合、「整調」だけの問題というよりは、むしろ「整音」されていないことに原因があるのです。
それを調律師やピアノ修理技術者が見落としていることが多いからなのです。
このような場合、演奏者の方と調律師やピアノ修理技術者の見解は、絶対に一致することはありません。
調律師やピアノ修理技術者が、「いくらこれでいいのだ!」といって説得しようとしても、演奏者の方は、実際に弾いてみるとどうしても得心ができず、すっきりしません。
結局、本当の問題が見抜けない調律師やピアノ修理技術者は、専門用語をどんどん並べたてて、話を煙にまくようになっていきます。
その時は演奏者の方は納得したような気にさせられても、その洗脳?から解けてくると、やはり以前の不満が戻ってきます。
「そのピアノは、しょせんその程度ですよ」は、調律師の言い訳?
第1回の目の記事の冒頭で申し上げたとおり、鍵盤のタッチ感を決定する要因として、「整調」、「整音」、そして「ピアノそのものの構造」という3つがあります。
そして、それぞれの重要さの割合は、ざっくりとしたわたしの経験値ではありますが、1/3が整調、1/3が整音、そして残り1/3がピアノそのものの構造になる、と私は考えています。
3つ目のピアノそのものの構造や性格は、絶対に変えられません。
そのためか、調律師やピアノ修理技術者は、「整調」でタッチ感がそれほど変わらなかった場合、「整音」の作業を考慮することなく、いきなりピアノの性格を持ち出して「こういうピアノですから」と、ピアノ演奏者の方を説得しようとする場合もあります。
どうやら、3つの要素のうちのひとつである「整音」を抜きにして、タッチの問題を解決させようとする調律師やピアノ修理技術者が、かなり多いと思われるのです。
これは、「整音」を苦手とする調律師やピアノ修理技術者が多いせいなのか、はたまた臭いものには蓋をしたいのか……。
しかし、いずれにせよ、この「整音」の問題から逃げていては決してタッチの問題が解決しない場合も多くあります。
逆にこの問題さえクリアすれば、ピアノ演奏者の方がタッチの問題であきらめかけていたピアノも、見違えるように良くなる場合もあるのです。
ピアノのタッチに不満があって、なんとかしたいという場合、このように「整調」以外の観点からもアプローチしていくことは、とても重要です。
タッチ感が悪い原因を、3つの要因のうち1つの要因だけでとらえ、その対策でもってカバーしようとしても、決してできるものではないからです。
【 今回の記事の執筆者 】ピアノの森・調律工房
(埼玉県さいたま市浦和区)
森さん
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