『このピアノ、もっと良くしてあげたい』と調律師が燃えるのはどんなとき?

今回は、上記をテーマに取り上げ、いま活躍中の現役ピアノ調律師さんに取材した内容をもとに、お届けいたします。
本来、ピアノ調律師さんなる仕事人たちは、単にピアノの狂いを直す以上の仕事に、野心をたぎらせています。それは、職人としての本能、技術力の高評価獲得はもちろん、良い仕事をしてリピーターになってほしいという仕事上の理由によるところもあるでしょう。今回は、どういった状況のときに、「もっと良くしたい」と燃えるのか、そのあたりについて取材しました。








「職人魂に火がつき、ギラギラと燃えてくる」「プロとして最高の仕事をせずにはいられない」といった状況とは


「『このお客様のピアノ、もっとよくしてあげたいと燃えるとき』はどんなとき?」

今回は、これをテーマに取り上げ、いま活躍中の現役ピアノ調律師さんたちに取材した内容をもとに、お届けいたします。 ふだんからピアノの音色を愛し、ピアノ演奏を心から楽しんでいるユーザーの方々、そしてお子さんのピアノ演奏を目を細めて見守る親御さん方に、参考にしていただければと思います。

ピアノ調律師=ピアノの音の狂いを直してくる人

わたしたち、ピアノユーザー、ピアノを所有する者は、ピアノ調律師さんに対して、こんなふうに思っているところがあります。音が狂ってしまって気持ちが悪いから、そろそろ調律師さんに来てもらおうかぁという感じでしょう。それが普通で、きっと正解なのでしょう。

もし音楽的要求がわりと高い方であれば、もう一歩進んで「このピアノの音が全体的に気に入らないから、なんとかならないか」といった思いを持っていることもあるはずです。

しかし、「そうは言っても、うちのピアノは古いし、こんなものか・・・。」と最初からあきらめてしまっている方も多くありそうです。

一方で、本来、ピアノ調律師さんなる仕事人たちは、単にピアノの狂いを直す以上の仕事に、野心をたぎらせています。それは、職人としての本能、技術力の高評価獲得はもちろん、良い仕事をしてリピーターになってほしいという仕事上の理由によるところもあるでしょう。

わかりやすく言うと、技術力とプロ意識の高いピアノ調律師さんたちは、「ふつうのありきたりな仕事はしたくない」と思っている方がとても多いのです。お代をいただくからには、ピアノの音の狂いを直すのは、当たり前。もちろん、どんなユーザーさんやピアノに対しても、多くの調律師さんたちは、真摯に、良くしてあげたい気持ちを抱いてお宅を訪問し、最善を尽くして仕事をするのがふつうです。

ただ、そういう中でも、とりわけ「職人魂に火がつき、ギラギラと燃えてくる」「プロとして最高の仕事をせずにはいられない」といった状況はないのだろうか。ふつうに、「音の狂いを直してください」とだけ言われても、それほど燃えることはない。では、燃えるとすれば、それはいったいどんな状況なのでしょう。どんなピアノで、どんなピアノ所有者、ピアノ奏者に出会った時なのでしょうか。

 



最良の提案に、お客様がどんどんノッてくださる時


マツモトピアノサービス  (東京都板橋区) 松本さん談

松本: いくつかありますよ。まず、現状悪い状態、あるいはご不満を感じていらっしゃるピアノを最良のものにしていくためのこちらからの提案に、お客様がどんどんノッてくださる時。そうなると、ほんとうにうれしくなりますね。最初のメールで、購入してから何年目とか、鍵盤が重い、音が耳につくといった情報をいただきます。そこからある程度状態を想像しながら、現場でそれを改善するために適切なご提案をいたします。

たとえば、鍵盤の動きがよくないという不満であれば、鍵盤全体を一度抜いてあげるだけでも、動きが良くなります。鍵盤の下には、バランスピンというピンがあり、そのピンに鍵盤が刺さる形で固定されています。ところが、年数が経つと、そのピン周辺にサビやらホコリやらが付着したり、ピンのほぞ穴が湿気等でキツくなったりなど、鍵盤の動きを悪くする原因になってしまうんです。鍵盤を一度はずしてあげることで、サビやキツくなって固着したほぞ穴を解放させてあげるんです。これを実際に理解していただいた上で、きちんと鍵盤調整(整調)をすれば、もっと良くなりますよとお話します。

あるいは、鍵盤が重いというご不満の場合。意外に思われるかもしれませんが、ハンマーの整形をしてあげることが有効な場合があります。ハンマーが柔らかい状態だと基本的に音が出にくいわけですが、それを削ることで固くしてあげます。そうすると、もっと大きい音が出るようになります。すると、今までよりも少ない力でより大きな音が出るようになるので、結果的に鍵盤が軽くなったと感じられるようになるんです。

あとは、他の技術者で解決しなかった事が自分が対処することで直ったり、解決したり、ご満足をご満足頂けた時ですね。ある調律師は、音がやわらかいのがいいピアノだとおもっていることがあります。一方で、ダイナミックレンジが広いのがいいとおもっている調律師もいる。ですが、対応した調律師が自分の好みで良かれとおもってやった調整に対して、お客様はご不満を持たれることがあります。

私の場合、そのピアノが本来持っているであろうパフォーマンスをマックスで発揮できるよう、まずイメージし、実際の音にします。そしてその後、引き算をして微調整していきます。それは、まさにお客様との対話から生まれるプロセスであり、共同作業でもあります。こういう音色でどうでしょうか?というご提案をしながら、いっしょに音作りをすすめていきます。

もし、お客様がピアノの先生であれば、技術を認めてもらえることは、もちろんとてもうれしいです。ただし、結局のところ、お互いの人間関係が良好になり、人間性がわかっていただけると、全体の評価もまた変わってくるものです。お互いの人間関係が本当に築かれたとおもったときは、もうその方には、ガンガン、サービスしたくなっちゃいます。(笑)



「思い入れがある」は、心にスイッチが入る魔法の言葉


つくしピアノ調律所 (埼玉県入間市) 中島さん談

中島: 他の調律師がさじを投げたピアノ、それをなんとかしてほしいと言われた時でしょうか。お客様の中で、ほんとうに音楽やピアノがお好きな方がいらっしゃいます。そういった方々は、音にこだわりを持っていらっしゃったり、ご自身がずっと所有するピアノにとても愛着を持っていらっしゃることが多いのです。

当然、そういった方々は今のピアノにもいつも不満を持たれていて、調子が良くないとおもっています。そういった不満を、他の調律師に言ったところで、まぁそんなものですよと言われることが多い。そうなると、ご本人も、まぁ鳴るだけましか・・・という感じで、かなり妥協していらっしゃることが多々あります。

以前、実際に依頼のあったピアノで、とても変わった構造のピアノがありました。アメリカ製のとても古いピアノで、ドロップアクションという構造を持つものです。ふつう、アップライトピアノでいえば、前の板を外すと、ハンマーが動いて弦を叩くまでの一連の装置、つまりアクション構造すべてがすぐ前に現れます。それなら、すぐに調整や修理などの作業に取りかかることができる。でも、このアメリカ製の特殊なピアノは、そのアクション構造が半分くらい中に潜っていて、容易に作業に取りかかれないのです。

他にも、このピアノは全体的に作りが荒く、しっかり弦をたたいていません。当然、音の鳴りも悪い。なるほど、他の調律師さんが遠慮するのもうなずけます。ふつうの調律師さんであれば、断るのは当たり前です。今までその特殊ピアノを担当されていた調律師さんは大健闘で、頭が下がる思いでした。でも一方で、その所有者であるお客様は、それではぜんぜん満足していない・・・。これには、ほんとうに困りました。

しかし、わたしはその時、なぜか、チャレンジしようと決断しました。古いピアノですから、良くなるどころか、突然壊れるリスクもあります。私はまだ若気の至りで、自分が危険な冒険をしようとしていることに気づかなかったのかもしれません。(笑)  そのリスクよりも、心の底から自然に湧き上がる熱い気持ちのほうが勝ったのだと思います。

その結果、苦労の甲斐があってうまくいきました。そのピアノにしか出せないような音が、100%出せたと自負してします。そのピアノ独特の音色を出せるようになったり、また小さい音から大きな音まで、そのピアノが元々持っていたダイナミックレンジも確保することができました。

このピアノは、アクションを外に取り出すこと自体たいへんです。整備するのもものすごくたいへんで、部品が手に入らないといった状況もありました。それが、こんなふうに蘇った。その時は、もうなんと言っていいか、感無量でした。その所有者であるお客様も“一生使っていきたい”とおっしゃるくらい、今まで以上にピアノを気に入って頂けました。

このピアノは、じつはそのお客様にとって、たいへん思い入れのあるピアノでした。ご自身が習っていたピアノの先生から譲り受けたのだそうです。私に相談いただいた時は、こんなふうにおっしゃいました。「とても古いし、これ以上良くならないですよね?無理ですよねぇ?前に担当してくれた調律師さんからも、現状維持ができるだけでもラッキーで、上出来だと言われていました。」

「思い入れがある」という言葉は、私にとって心にスイッチが入る魔法の言葉かもしれません。そう言われると理性を越えて、やっちゃうんですよ・・・、ついつい。もちろん、どう考えても難しい場合は、やむなくお断りする場合もありますが。



◆その引き金を引くのは、お客様からの強い要望


ピアノの森・調律工房  (埼玉県さいたま市浦和区) 森さん談

森: どちらかというと、私は人にではなくて、ピアノに反応するほうでしょうか。ピアノの先生が生徒さんそれぞれの良い面や個性を引き出そうとするのと同じように、目の前にあるピアノの良いところをもっと良く、同時に悪いところは直していこうと。進むべき方向の光が見えたら、そこに向かっていきます。これが前提ですが、やはりその引き金を引くのは、お客様からの要望です。前もって強い要望があれば、やはり燃えますね。

先日も、小学生のお子さんが弾くヤマハのアップライトを調律しました。定価は100万円くらいで、購入から10年くらい経過していました。調律は、毎年していました。

現場での対応はそのお子さんのお母さんでしたが、こうおっしゃるのです。「子供が言うには、先生のお宅のピアノは遠くで鳴っている感じがするけど、うちのは手元で鳴っているようだとのことでした。」

それをお聞きして、私にはピーンときました。ようは、音がキンキンしていることが原因。だから、お子さんがそのように感じてしまうと思いました。実際にそのピアノを少しチェックすると、当然、音は狂っていましたが、何よりハンマーの状態が良くなかったんです。そこで私は、お客様に許可をとり、そのハンマーに釘を刺したり、削ったりしながら望ましい形に整えていきました。

お客様がピアノの状態や音色についておっしゃることは、抽象的だったり、我々調律師がよく使うものとは異なる表現をされることも多いのです。でもそこから、ご自身のピアノに何を求めようとされているのか、その真の要望を探ったり、うまく汲み取らなければなりません。時には、ピアノ以外の環境の問題で、後ろのほうにカーテンをひけば良くなるかもしれない、といったことも考えます。こういったことができるかどうかも、調律師の大切な技量のひとつだと考えています。

その時の結果は、的中でした。その後、小学生のお子さんが帰ってきて、さっそく調整したピアノを弾いてくれたんです。「やわらかくなって、きれいになった。」と言って喜んでくれました。お母さんご自身も、調整の経過を耳にしながら、音が少しずつ良い方向に変わっていくのを感じていただけたようでした。

ただ、お客様とのコミュニケーション上難しいのは、他の調律師と自分とでは問題解決、最善へのアプローチ方法が異なる場合です。他の調律師は、音を改善するのにAという方法がベストだと主張し、そのような処置になっている。でも、私が見たところそれでは良くならないと考え、Bという方法を提案するといったケースです。これは、もうお客様を説得しなければなりません。実際にその通り良くなれば、もちろん喜んでいただけるわけですが。

お客様のほうから、作業前に何もおっしゃっていただかなければ、積極的に音を良くする作業がしにくくなります。もっといろいろ触って手を入れれば良くなると思っても、そうしてほしいと言われなければ、当然ですがその作業はできません。できれば、こうしてほしいというご要望を、お聞きしたいですね。

お客様ご自身も、素人の的外れな意見だと受け取られたり、怒られたりしないだろうか、と思われて躊躇されているのかもしれません。でも、遠慮しないでいただきたいんです。調律師の中には、自分こそが一番と信じて疑わず、このピアノのポテンシャルは、せいぜいこんなものですよ、と安易に言ったりする方もいるようです。そんなことで、お客様のほうも、ほんとうはいろいろ言いたいのに、言い出せなくなっていらっしゃるのかもしれません。

お客様からの要望が、どんどん出てくる。そして、それに調律師が、様々なアプローチで応えようとする。こんな活発なやり取りがなされるようになってくると、それは俄然、仕事がおもしろく、楽しくなってきます。なんというか、仕事に自分独自の色合い、音色、つまり個性がだせるようになります。ピアノはアナログ楽器ですので、そこが家電などの電子製品とは違うところですね。ピアノの場合、電子製品のように、すべてを正確に処置すればそれがベストかといういと、必ずしもそうとは言い切れない場合もあります。ピアノは、けっこう奥が深い。それは、もちろん調律という音合わせに関してもです。

こういった活発なやり取りができたほうが、お客様と調律師の双方にとって、良い方向に進んでいくのではないかなと思っています。


どんな言葉でも良いので、何を望んでいるのかをいっしょうけんめい伝える

 このように聞いていくと、調律師さんを燃え上がらせるのに必要なことがわかってきました。やはりピアノユーザーさんが、どんな言葉でも良いのでいったい何を望んでいるのかを、いっしょうけんめい調律師さんにまず伝えるのが、いちばん大切なことのようです。そして、そのやり取りや結果の積み重ねにより、お互いに信頼が生まれ、もっとピアノを良くしてくれたり、より良いサービスを受けられるようになる好循環が生まれそうです。

もちろん高額な料金が発生する提案には、簡単に応えることはできないと思います。しかし、それほどびっくりする料金ではなくても、それによって今までのピアノの音色や弾きごこちが見違えるように良くなることもあります。予算の相談も含めて、改善の提案をユーザーさんのほうからしていく積極性があれば、いろいろな制約の中でなんとかしようと、調律師さんは燃えてくるのかもしれません。

 


ピアノ調律.net 編集部









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